DMZを越えて
(第九章)



青空に映える天仙台からの万物相


(2004・1・3 完成)


2003年12月4日(木)
 金剛山三日目も、興奮気味ののりまきは少し早く起きてしまいました(笑)。目を覚ましてまだ薄暗い外に出てみると、天候は快晴!前日よりも風が弱く、寒さはより厳しい印象です。
 昨日と同じ6時半少し前に食堂のハナウォルに行ってみると、今日はまだ誰も来ていません。それどころか食堂内には誰もおらず、がらんとしています……のりまき・ふとまきは『時間間違えたかな??』と思ってしまいますが、やがてコックさんがやってきて、朝食の支度を始めました。
 私たちが朝食を食べだすと、そのころになってようやく他の人たちがやってきます。どうやら皆さん、目いっぱい活動した金剛山2日目の疲れが出たようで、お目覚めが遅くくなってしまったようです。
 そして昨日と同じく、済州からの親子がやってきました。息子さんはやはり今日も山盛りのご飯に山盛りのおかずを黙々と食べています。

 朝食後、私たちは金剛ビレッジの事務所に寄って、日本語が話せる係員さんを尋ねます。事務所には係員さんがいました。
 「おはようございます。今日は朝、ここを出る時にチェックアウトしますか?」と係員さんに尋ねてみると、「はい、朝、出る時にチェックアウトします」。と答えてくれます。どうも3日目の朝に宿所のチェックアウトを行うことは、これまでの金剛山観光と同じようです。
 のりまき・ふとまきは部屋に戻り、チェックアウトができるように荷物をまとめます。荷物をまとめ終わったのりまき・ふとまきがバスに乗り込もうと外に出てみると、そこにミヨンちゃんと李くんたちがいました。
 「おはようございます」。ミヨンちゃんとのりまき・ふとまきは日本語で朝の挨拶です。李くんはカメラを片手に迷っていました……金剛ビレッジからは岩に刻まれた金正日の巨大文字がかなり近くに見えるのですが、李くんはその写真を撮ろうかどうか迷っていたのです。金剛山観光の決まりでは、金剛ビレッジ周辺の写真撮影は禁止ということになっています。世にも珍しい光景を前に、李くんは迷っていたのでした。
 ちょうどその時、金剛ビレッジの敷地と外を隔ていている塀の向こう側の小道を、二人組みの北朝鮮兵士が通り過ぎていくのが見えました。北朝鮮兵は例によってカーキ色の軍服を着て、同じくカーキ色の毛皮の帽子を被っています。兵士たちは『金剛ビレッジの中はいったいどうなっているのだろう?』といった感じで、興味深げに塀越しにこちらを覗き込みながら歩いていきます。
 のりまきは兵士たちが通り過ぎてしまった後、李くんに「撮っちゃえ撮っちゃえ!」と何度かすすめてみたのですが、結局李くんは写真は撮らずじまいでした。ちなみにのりまきはもちろんこっそりと撮らせていただきました(笑)。
 それからバスの前で、のりまきは済州の親子のお父さんの方の人と、李くんたちと金正日の字が書かれた大岩を眺めながらひとしきりお話をしました。金正日の字が書かれた大岩については、皆さん、「いったいなんなんだろね〜」とか、「北朝鮮は本当、妙なことやっているな〜」という感じで話していました。その際、済州の親子は安さんという名前であることがわかりました。

 それから私たちは401号室の鍵を日本語の出来る現代の男性社員に返しました。続いてバスに乗り込もうとすると、ガイドの康さんが私たちを呼び止めます。康さんは私たちに、「万物相ではアイゼンが要る」。と話し出しました。もちろん私たちは金剛山へアイゼンなんか持ってきていません。すると「温井閣で軽アイゼンのレンタルがある」。との説明が続きました。どうも私たちは温井閣でアイゼンを借りる必要があるようです。
 私たちは康さんからアイゼンについての説明を受けてから、大荷物をバスの下の荷物室に積み込み、バスへと乗り込みます。今日の午前中は万物相!昨年の夏の万物相は大雨に祟られ、ろくろく景色も見れなかった上に体じゅう濡れ鼠になってしまいましたが、今日は快晴!リベンジできそうです!!
 バスは7時30分過ぎに出発します。昨日の朝と同じく、好天のもと美しい景色が広がります。バスの中ではガイドの康さんが金剛山の説明をしますが、近くに見える金正日の大文字について、「あれは鉢峰(パリボン)に刻まれています」。と説明していました。鉢峰は金剛山の水晶峰地区にある山で、たとえて言うなら洗面器を伏せたような形をした山なのですが、その変わった形のおかげで昔から結構有名な山だったそうです。それにしても21世紀になって鉢峰は『金正日』の巨大な文字が刻まれてしまい、洗面器ならぬ墓誌のような感じの山になってしまいました(-_-メ)。
 道はやがて温井里に向かってゆるやかに下っていきます。一見、温井里の光景はのどかです……子どもたちの登校光景や、のんびりと歩いている人々の姿を見ていると、本当に一昔前の農村といった感じがします。ただ、良く見ると集落内に金日成を称える大きな絵画や、“金正日将軍”を称える赤文字のスローガンがあるのがわかります(-_-メ)。

 8時少し前、温井閣に到着しました。今日の朝は時間があまりないため、バスから降りない人もいました。私たちも二人分の軽アイゼンを借り、トイレを済ますとすぐにまたバスに乗り込みます。
 やがてバスは万物相に向けて出発します。バスは出発するとまもなく、金剛山温泉への道を右手に分けて、奥の方へと進んでいきます。道端を注意深く見ていると、飴屋の金さんが説明していたように、道の両脇には桜の木が並んでいるのが確認できました、
 やがて進行方向左手に金剛山旅館が現れます。金剛山旅館はガラス窓が全て取り外され、敷地には建築資材が並べられていて、確かに今現在、修復作業が行なわれている最中のようでした。昨晩の洪さんの話のように、来年の4月(2004年4月)頃には修理が終わって宿泊が可能になっているかもしれません。
 また、金剛山旅館の少し手前ではかなり大きな建物の建築工事が行なわれていました。これは北朝鮮側の工事のようで、推察するに、金剛山旅館が韓国からの金剛山観光で使用されるようになったため、これまでの金剛山旅館の役目を引き継ぐ、新たなる北朝鮮側の宿泊施設を建設しているのではないでしょうか?
 金剛山旅館のあたりでは、ガイドの康さんは「あちらに金剛苑が見えます」。という説明をしていました。昨晩、美味しい北朝鮮料理をいただいた金剛苑は、松の木立の中にありました。
 金剛山旅館を過ぎてまもなく、進行方向右手にはかつて北朝鮮が建てた金剛山温泉の建物が見えてきました。この金剛山温泉の建物も看板が新しく立て替えられていて、今後の金剛山観光で利用されることになりそうでした。
 金剛山温泉を過ぎると、まず道の左手、それから橋を渡ってからは道の右手に警備兵が守る建物が現れます。これらがどういう種類の建物なのかよくわかりませんが、今回のバスの乗客の中で橋を渡った後の建物を指差しながら、『モランボンモランボン!』と言っていた人がいたので、ひょっとすると前回、ガイドの鄭さんが教えてくれた『モランボンサーカス団員の泊る一流ホテル』なのかもしれません。

 道はやがて登りにかかります。昨年の万物相は雨の中、かなりのガタガタ道を登っていきましたが、今回の道はしっかりとコンクリート舗装がされていて、かなり良い道になっています。2002年9月はじめの台風15号通過で、道が流される等の水害が発生したために、しばらくの間万物相観光は中断されていたようですが、道路をしっかりと修復し直して万物相観光が復活したようです。バスはつづら折りの道を快調に高度を上げていきます。
 かなり標高が高くなったあたりで、バスの車窓から妙なものが見えてきました。九竜淵、三日浦、そして温井里の近くでも目撃された変な動物オブジェです。昨年の夏以降、金剛山地区で動物オブジェが一斉に立てられたのでしょうか?とにかく万物相への道すがら、かなりの数の動物オブジェが立っていました。

 バスの中で景色や謎のオブジェを眺めていると、私たちは前の座席に座っていた女性二人組から飴を渡されました。この女性二人組は、昨日玉流の滝でのりまき・ふとまきに記念撮影のシャッターを押すようにお願いしてきた女性たちで、初めは私たちの姿を見てもなんとなくむすっとしていた感じだったのが、ここに来てだいぶ打ち解けてきたようです。
 そんなこんなのうちに30分くらい登ったでしょうか?バスは万物相の入り口に到着します。私たちは例によって手帳を片手に「何時までに戻ってくればよいですか?」と、ガイドの康さんに尋ねてみます。康さんは私たちの手帳に『11:30』と書き、「11時30分までに戻ってきてください」。と言います。万物相からは11時半までに戻ってくれば良いようです。
 万物相の登山口から歩き出そうとすると、さっそく例によって謎の動物オブジェが私たちを出迎えます(^o^)。いったい何なんでしょう??動物オブジェを見送って先へと進むと、私たちの目の前を朴夫妻の奥さんの方が、駆け足で降りてきます。私たちの姿を見ると笑いながら「寒いからカッパ着なくっちゃ」。と言いながら、風のように坂を下っていきます。たしかに相当寒いです。寒さで耳が少し痛くなってきたのを感じたのりまき・ふとまきは、帽子を深くかぶり直します。
 道はやがて三仙岩の前に到着しました。ここではコダックの記念撮影部隊が陣取っていましたので、のりまき・ふとまきはさっそく記念撮影に納まります。
 三仙岩前での記念撮影を終えた私たちは、昨年夏の万物相観光の際、立ち寄ることが出来なかった鬼面岩を見るために、三仙岩の脇を登る階段を上がります。階段は20〜30段程度のもので、思ったよりも簡単に鬼面岩が望める場所に到着しました。
 青空をバックに鬼面岩が立ち、そして岩の向こうには万物相の山々が聳えています。この景色を“旧万物相”と呼ぶのだそうですが、たしかになかなかの絶景です。振り返ってみると私たちがバスに乗って登ってきた、温井里から万物相への道路の先が見えます。この道路は万物相から先は、温井嶺という峠を越えて内金剛方面へ向かいます。思ったよりも道路は整備されているようで、近い将来、内金剛観光も始まるかもしれないと感じました。
 それにしても鬼面岩の前は寒いです!じんじんと足元から寒さが伝わってきます……私たちの他にも何人かの人が鬼面岩の景色を見ていましたが、みんな寒さに震えていました。


前回は見ることができなかった鬼面岩

 鬼面岩を堪能した私たちは、元の道へと戻ります。鬼面岩への寄り道の間に、皆さん大方先へと進んでしまっていて、またまた例によってのりまき・ふとまきは全体の最後尾の方です(笑)。
 道は一本道で、しかも大勢が一斉に登るので、自然と行列になってしまいます。それにしてもなかなか行列が先へと進みません。見ると道のあちこちが凍結していて、凍結箇所の通過に時間がかかってしまっているのでした。金剛山観光客には高齢の人も多く、かなり険しい万物相コースを観光客全員に堪能してもらうこと自体、無理があるような気がします。
 凍結箇所をなんとかやりすごすと、亀裂によって七層に分かれて見えることから“七層岩”と呼ばれている巨岩と、斧で断ち切られたように見えることから“切斧岩”と呼ばれている巨岩が見えてきます。ほとんど色らしい色がなく、白と黒のみの巨岩の冬景色は、まさに天然の水墨画を見る思いがしました。


七層岩と万物相登山道。寒かった〜〜

 やがて道は樹林帯に入ります。樹林帯に入ると道沿いに雪が多くなってきました。実は私たちが金剛山に行く直前の11月末、金剛山に雪が降り続き、特に万物相コースは膝上まで雪が積もって、ラッセルしながら登らなければならなかったのですが、このときの私たちはそんなことは知りませんでした。
 ただ雪道を登るとはいっても、登り道は日当たりが良く雪もかなり溶けていたようで、残った雪も踏み固められたためにかなり締まっていて、滑ることも少なく、それほど危険を感じませんでした。しかし道は延々と行列が続き、みんな同じゆっくりペースで行かねばなりません。
 樹林帯を抜けると、延々と鉄製の梯子が連なるようになります。梯子を登り出してまもなく、ついに行列がなかなか進まなくなってしまいました。先のほうを見ても、どの梯子にも大勢の人がいてみんな立ち停まっています。どうも上がつかえてしまっていて、なかなか先へ進まなくなってしまっているようです。
 多くの梯子はかなり急で、高所恐怖症の気があるのりまきは少々びくびくモノでしたが、梯子からの眺めは素晴らしかったです!少しづつ高さを増すにつれて万物相の奇岩が近くに迫り、遠くの金剛山の各峰々の姿も雄大さを増します。また嬉しいことに、天候が良く風も弱かったので、だんだんと暖かくなってきました(^o^)。


天仙台へと登る人の列……

 梯子をかなり上に登った場所で、多くの人が靴にアイゼンを装着しはじめました。のりまき・ふとまきも靴にアイゼンをつけてみようと試みたのですが、なにせ初体験のことゆえなかなか上手くいきません。とりあえずアイゼンなしで先へと進むことにします。
 多くの人がアイゼンをつけだした場所からまもなく、山頂の天仙台へ到着します。前回、天仙台到着前にくぐった天然の門:ハヌルムンは、今回は通らなかったので、天仙台へ登る道は、どうやら新しく作られた道のようです。
 青空のもと、天仙台から望む景色は絶景!絶景であります!!ちなみに鬼面岩からの景色が旧万物相というのに対して、天仙台からの景色は“新万物相”と呼ばれているのだそうです。
 万物相とはもともと万物草とも万物肖とも言われていて、天の神が地上の万物を創世する際に試作した、『万物の試作品』を並べたものだとの伝説があるそうですが、たしかに様々な形をした奇岩が眼前に望まれ、まさに天下の奇勝であります!!

 天仙台では現代の社員さんたちが、「ここから先はアイゼンをつけて下さい」。との注意を繰り返していました。天仙台からは滑りやすい下り道になるのでアイゼンの必要性も増すのでしょう。のりまき・ふとまきは、まわりの韓国人の皆さんがアイゼン装着をするやり方の見よう見まねで、なんとか自分たちの靴にアイゼンをつけることができました。
 アイゼンをつけ終わってひと息入れていると、私たちの前に、昨日『男のシンボル、チンチンの形をした岩』を教えてくれて、金剛院でもお世話になった尹さんと、金剛ビレッジでの朝食でいつも一緒になった済州の安さんのお父さんの方が現れました。もちろんお互いカメラを交換しあって記念撮影を行ないます(^o^)。
 

天仙台でののり・ふと記念撮影♪

 天仙台からの景色は本当に素晴らしいので、なかなか立ち去りがたいものがありましたが、やがて時間切れが来たようです。現代の社員さんに促されるように、ついに私たちは尹さんとともに、本当の最後尾として天仙台を後にすることになりました。私たちの後ろを降りるのは、天仙台にいた北朝鮮の環境保護巡察員のお二人だけです。
 尹さんは私たちに対して「山ではあわてることありません、ゆっくり、ゆっくりでいいんです」。と話します。そして、「私は日本の富士山に登ったことがあります。それから北海道の大雪山にも行きました」。と続けました。韓国から北海道の大雪山まで遠征したとは、尹さんは正真正銘の山男のようです。昨日までの印象では“人の良いエロ親父”であった尹さんが、なにかとても頼りがいのある人に見えてきます。本当、人の印象なんて結構勝手なものです(笑)。

 道はこれまで歩いてきた道と異なり、主に日陰を歩くようになります。すると当然、残雪の量が増えてかなり滑りやすくなってきました。やがて道は天然の門、ハヌルムンをくぐります。どうも万物相探勝コースは一方通行の周回コースとなったようです。ハヌルムンをくぐると、さらに雪の量が増えます。道は雪に完全に埋もれていて、雪が凍結している部分もあってひどく滑ります。一口飲めばいくら疲れていても杖を忘れるといわれる“忘杖泉”は、なんとか湧き出し口だけ雪の中から掘り出されていて、貴重なお水を少々賞味することができました。
 雪に埋もれた下り道は、多くの人がかなり四苦八苦していました。私たちはアイゼンのお陰もあってそんなに苦労はしませんでしたが、やはりふとまきが一回滑ってころんでしまいました。そのときはそばにいた尹さんと現代の社員の男性が手を差し伸べてくれました。尹さんと安さんは、雪道も特に問題なく悠々と下っていきます……さすがです。
 中にはアイゼンなしで雪道を下っていった人もいたようで、滑ってころんだ拍子に頭を打ってしまい、相当痛がっていた人もいました。ころんだ場所で現代の社員さんたちといろいろ話し合っていましたが、大丈夫だったのでしょうか?


雪に埋もれた登山道

 厳しい下りが一段落したところに安心台という展望台がありました。安心台からは万物相の勇姿を振り返ることができました。安心台を過ぎるとまた急な下りがしばらく続き、七層岩と切斧岩が見え出すあたりまで下って、ようやく道の傾斜がゆるやかになり、道沿いから雪も消えて一安心です。


安心台から振り返ってみた万物相

 のりまき・ふとまきはゆっくりとバスが待つ駐車場まで下っていきました。今回も帰りの段階では『鬼面岩は時間がないので行けません』。と、現代の社員が三仙岩前で説明していました。行きに鬼面岩に行っていてよかった!!
 最後にふとまきと万物相登山口にある謎の動物オブジェの記念撮影を撮り、バスに乗り込みます。時計はまさに11時半を指していました!お疲れであります(^o^)。


万物相にもあった謎の動物オブジェとふとまき





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