DMZを越えて
(第六章)



北朝鮮レストラン・木蘭館前に立てられた妙〜な動物オブジェとのりまき・ふとまき
動物たちが演奏している曲は、ウリヌンハナ(私たちはひとつ)



(2003・12・29 完成)


 九竜台からの帰りは、急な下りではありますが、やはり登りに較べればはるかに楽で、やがて九竜の滝との分岐点まで到着しました。ここからはまた、緩やかな登り道を九竜の滝まで進みます。
 上八潭のところでも書きましたが、2年前に較べて寒くないのか、道にしろ流れにしろ、まだほとんど凍結が見られませんでした。九竜の滝が見える場所まで来ましたが、前回は滝は半ば凍結していたのですが、今回は凍結は見られずしっかりと流れています。ここのところ天気がぐずついていたとかで水量も意外と多く、迫力のある景色を堪能できました。


九竜の滝です。今回は凍結しておらず、水の流れも意外と豊かだった。

 私たちは滝を見物する展望台『観瀑亭』で、しばし滝を眺めていました。すると後の方から「こんにちは」。という女の子の声の日本語が聞こえてきます。誰だろう??と思って声のする方を見てみると、そこには小学校3年生くらいの女の子が立っていました。同じバスに乗っていた女の子です。また、一緒にいた女の子の家族は、いまさっき九竜台の上で、のりまき・ふとまきの記念撮影のシャッターを押してくれた人たちでした。「こんにちは」。のりまき・ふとまきも女の子に向かって日本語で挨拶します。
 観瀑亭の奧の方には道が続いていました。この道は先ほど九竜台から見えた、金剛山最高峰である毘盧峰や山頂からの絶景で知られる世尊峰へと向かう登山道だと思われます。正直のりまきは今からでも観瀑亭の奧へ進む登山道を進んで、毘盧峰や世尊峰を目指したいと思いました。


左:観瀑亭の裏から先へと進む登山道
右:九竜台から望む、ジグザグに山腹を登る登山道


 さて、観瀑亭から先へ進むことが出来ない私たちは、少々残念な気もしますが、いよいよ下山を開始することにします。木蘭館まで戻れば待望の北朝鮮料理が待っています♪これまではせっかく北朝鮮金剛山に行っても、温井閣などで現代百貨店から派遣されたというコックが作る料理しか食べていません。それが今回は、北朝鮮側の人が作る料理を堪能できるのです。
 のりまき・ふとまきはまたまた全体の最後尾近くになってしまったようです。ただ、ガイドの康さんが教えてくれた木蘭館のオープン時間、『11時半から1時』には間に合いそうです。金剛山観光客の皆さんも、行きのハイペースとは異なり、多くの人は時々写真を撮ったりしながらのんびりと下山しています。のりまきも行きに撮り損ねた『金日成・金正日顕彰碑』などをカメラに収めながら下山していきます。

 木蘭館には12時半頃到着しました。到着すると、まずのりまきは現代の男性社員に話し掛けられました。男性社員はのりまきに「金剛山3回目ですか?」と聞いてきます。「はい、そうです」。とのりまきが答えるとびっくりしたような表情を見せます。ふとまきによるとこの男性社員は、前回もいた社員さんのようだったといいます。
 前回は閉鎖されていて幽霊屋敷に近い感もあった木蘭館は、外壁が塗りなおされ、すっかりきれいになっていました。木蘭館前まで来ると、私たちの目の前に実に奇妙な動物オブジェが飛び込んできました。オブジェは二種類あって、ひとつは動物たちがオーケストラ演奏をしていて、もうひとつはなんだか手を広げたあやしいポーズをとっています。オーケストラ演奏の曲目は『ウリヌンハナ』。これは日本語に直すと「私たちはひとつ」という意味の北朝鮮の曲で、一回聞くと変に耳の奧に残る妙〜な曲です。オブジェを構成している動物たちも、見れば見るほど妙な感じがしてきます。
 続いて木蘭館前に人だかりがあったので覗いてみると、露店でリンゴやマッコルリ(どぶろく)を売っていました。また木蘭館の建物の入り口近くにも売店がありましたが、こちらは手工芸品や乾燥わらびなど、温井閣でも売っているようなお土産物を売っていました。



改装されてきれいになった北朝鮮レストラン・木蘭館
奧の方で増築工事が行なわれていることがわかる。

 お腹も減ったのりまき・ふとまきは、待望のレストランへ行くことにします。ある程度予想はしていたのですが、結構混みあっていました。レストランの入り口は手前と奧の二ヵ所のようで、入り口に向かって長い行列となっていました。カーキ色をしたナッパ服のような作業着を着た北朝鮮側の男性係員が行列と入場の整理をしていたのですが、客が多くてなかなか整理がつかないようでした。
 そんなこんなの中、行列に並ぶことなく、建物の中ほどから部屋に入っていく人がいました。『あれっ?横入りじゃないか??』と思ったのですが、よく見ると中ほどの部屋は、手前と奧の行列が入る部屋と別になっていて、空いていれば列を気にせずに入ってかまわないようです。のりまき・ふとまきは中ほどの部屋に入ってみます。
 中ほどの部屋は私たちが入った時、ちょうど満席になってしまいました。そんな時、ナッパ服のような作業着を着た北朝鮮側の男性係員がやってきました。係員は私たちに向かって本当にすまなそうな顔をして『少し待っていてくれ』というような感じで話しかけ、それからまたすぐ別の部屋へと飛んで行きました。この係員さん、親切でしたが何となく少し気が弱そうな感じがしました。

 木蘭館は一見わかりにくいのですが、3つの部屋からなっていました。上の写真でいえば一番手前の円形部分が一部屋で、その先の横になっているあたりに一部屋、そして奧の出っ張った部分に更にもう一部屋あります。それぞれ入り口が全く別で、部屋同士の行き来はできない形となっていました。
 各部屋の奧にはドアがあって、そのドアの向こうは厨房になっていました。厨房で作られた料理を効率よく運ぶことができるように、各部屋の奥はかなり接近した構造になっているようでした。
 また第五章でも書いたのですが、木蘭館は現在増築工事中です。一番奧の部屋のさらに奧の方に、もう一部屋ないし二部屋新たに作るようです。現在、九竜淵コースの探勝客の多くがこの木蘭館で昼食をとっており、現在の建物では手狭であるのは否めないので、増築が行なわれているのでしょう。

 部屋の中で待っていると、運がよかったことにすぐに席が空きました。とりあえず一安心です。席についてみると、私たちの前に座っていた客はどうもクッパかなにかを食べたようで、少し深めのボウルにごはん粒が残っていました。部屋は飾りっ気は少ないものの、白い壁に白いテーブルクロスという白を基調にまとめられていて、大きなガラス窓からは金剛山の景色も望め、簡素ながらも悪くない印象でした。
 北朝鮮の女性ウエイトレスさんたちは皆さんしっかりとお化粧をしていて、お揃いの赤いスーツを着ていました。ツーピースの日本でも時々見かける感じのスーツで、思いのほかセンスが良かったです。あくまで想像なのですが、日本から朝鮮総連の関連企業あたりを通して輸入した制服のような気もしました。
 そういえば朝、バスの車窓から見えた、神渓川沿いを歩いていた少々カラフルないでたちをした数人の若い女性たちは、この木蘭館で働いている女性たちだったのでは?ということに気づきました。もしそうだとすると、温井里のあたりから彼女たちは山道を歩いて木蘭館まで通勤しているわけです……本当にご苦労様です。
 私たちが席に着くと、隣に日本語を話す女の子の家族が座っていることに気づきました。どちらともなく「こんにちは」。と挨拶をします。「日本語上手ですね」。ふとまきがそう言うと、女の子は「私は日本で生まれて、小さい時、神戸や東京で育ちました」。と言います。道理でなまりのないきれいな日本語を話すわけだ……私たちも外国で生まれ育ったら、生まれながらのバイリンガルになれたのでしょうか??

 それにしてもウエイトレスさんたちは忙しそうです……木蘭館全体で一体何人のウエイトレスさんが働いているのかわかりませんが、なかなか目の前に残っている前のお客の食器を片付けに来れません。私たちの座ったテーブルはみんな席についたばかりのようで、テーブル上にはしばらくの間前の人が食べた食器が散乱したままでした。
 ウエイトレスさんたちはそれでも一生懸命仕事に取り組んでいました。やがて目を半ばつり上げながら食器を片付け、注文を取りに来ます。メニューはピビンバと冷麺でした。のりまき・ふとまきは先ほど温井閣で購入したチケットを渡しながら、ピビンバと冷麺それぞれ一つづつ注文します。そんな中、席に着いているオヤジから「アガッシ!(姉さんや!)」と呼ぶ声がします。オヤジはマッコルリの注文をしました。……たしか北朝鮮では『アガッシ』という言葉は使わないはずです(注)……のりまきは少しびくっとしましたが、ウエイトレスさんは特に文句を言うこともなく、部屋の奥にあったテーブルの上から、白いビニール製のボトルに入ったマッコルリを持ってきました。
 食器を片付けて少し後、ウエイトレスさんたちは部屋の奧にある扉を開けて、私たちの前に注文したお客のピビンバを持ってきました。そのとき、扉の向こうの厨房の様子を見ることができました。あまり広くない厨房は床にボウルや食器がごちゃごちゃと置かれていて、本当に雑然とした感じでした。そんな中、白い帽子を被り、白いかっぽう着のような服を着た一昔前の給食室のおばさんのような人たちが、一心不乱になって料理を作っていました。そして出来あがった料理をウエイトレスさんたちが次から次へと運んでいきます……とっても興味深い光景でしたが、厨房が見えてしまっていることに気づいたウエイトレスさんは、あわてて扉を閉めてしまいました。
 ウエイトレスさんがピビンバを食卓に並べていると、別のオヤジからまた「アガッシ!」と声がかかります。このオヤジもマッコルリの注文です。しかし今回は部屋奧のテーブルの上にマッコルリがありません。ウエイトレスさんは小走りに奧の厨房へ行って、マッコルリを取ってきました。
 ピビンバを運んだ後に、ウエイトレスさんは私たちの食器を持ってきました。しかしあまりにも忙しいためか、スプーンや箸の束を渡され「これ、みんなに廻してください」。と言ってきます。やはり彼女たちはこのような仕事に不慣れなのでしょう。表情を見ても笑顔がなく、余裕が感じられません……私たちはちょうど居酒屋でやるように、箸やスプーンをテーブルに座るほかのお客さんたちに廻しました。そんな中、またまたオヤジの「アガッシ!!!」と呼ぶ声が容赦なくかかります。そんなこんなで、ウエイトレスさんたちは本当に目をつり上げながら仕事をこなしていました。
 のりまきが以前ピョンヤンに行った時、ガイドさんに連れて行ってもらったレストランは、客はほとんどおらず、まことにのんびりと仕事をしていました……私たちにとって、忙しい飲食店に行けばあたりまえの光景なのですが、北朝鮮経営のレストランでこのような光景を見るとは思いませんでした。ひょっとしたら木蘭館でのお仕事は、北朝鮮にとって初の『資本主義的商売の洗礼』なのかも知れません。

 さて、先に注文していたお客さんのピビンバが出来た後、なかなか冷麺ができて来ません……お隣に座っていた日本語が話せる女の子の席は、女の子だけが冷麺を注文していました……他の家族たちはどんどん食事が終わってしまいます。仕方なく女の子は家族からピビンバを少し分けてもらって食事を始めました……そうこうするうちに、私たちの席にも韓国・朝鮮料理恒例の付けあわせのおかずが運ばれてきます。まずは緑豆のチジミです。これは油の加減もちょうど良く、香ばしいお味の絶品でした!それからトラジ(キキョウ)とぜんまいの付け合せとキムチです。トラジ(キキョウ)とぜんまいの付け合せも実に良い味付けがされていて、とても美味しかったです。ただ、キムチだけは味に深みがなく、どうも美味しくありませんでした。
 そうこうするうちに、お隣の女の子のところにやっと冷麺がやって来ました。女の子は食べだしたのですが、かなり悪戦苦闘しています。どうも麺のコシがありすぎて、なかなか噛み切れないようです。「美味しいですか?」のりまきはおもわず女の子に聞いてしまいます。「美味しいですよ」。女の子は笑って答えます。

 まもなく私たちのところにも冷麺がやってきました。どうも厨房では冷麺とピビンバを交互に作っているみたいです。さっそく冷麺を食べてみました。冷麺は金製のボウルに入っていて、私たちが日本の韓国・朝鮮料理店で食べる冷麺とあまり変わらない感じがしました。たしかに麺のコシは強く、噛み切るのに一苦労ですが、日本で食べても多くの冷麺はそんな感じです。木蘭館にはしっかり調理用ハサミがあったので、途中からハサミで麺を切っていただきます。味付けはなかなか良く、たしかに美味しい冷麺です。
 今度はピビンバがなかなか来ない番かな〜〜と思っていたら、今回はあまり待つことなくピビンバがやって来ました。石焼きではありませんが、色とりどりの具をごはんに混ぜていただく、いわゆる『ピビンバ』です。写真のように見た目も悪くなく、こちらも結構美味しいものでした。


木蘭館のメインディッシュから…ピビンバです。けっこう美味しかった♪

 私たちが食事を堪能していると、別の席に座っていた4〜5人の団体さんの知り合いが窓の外に立っていたようで、みんなして外にいたオヤジに向かって『中に入れよ〜』などと言っていました。しかし外のオヤジは『飲みすぎてダメだ!』と言って中に入ろうとせず、外で風に当たっているようです。
 オヤジの仲間はみんなでニヤニヤしています。どうも外のオヤジは食事前に木蘭館入り口の露店でマッコルリを買って、それを飲んで酔っ払ってしまったようです。中でもマッコルリは注文できるのだから、昼食と一緒に中で飲めばよかったのに〜〜

 興味深く、かつ予想以上に美味しかった木蘭館の昼食を終えると、時計は既に1時半近くになっていました。この時間だとシャトルバスはもう1時50分の最終便に乗ることが決定です。私たちはゆっくりと部屋を出て、バスが待つ駐車場に向かうことにしました。帰りしな、北朝鮮の男性3人も木蘭館でピビンバを食べている光景を目にしました。ところで彼らは私たちと同じく、9ドルの昼食代を払っているのでしょうか?
 木蘭館から駐車場までは本当にすぐです。駐車場に着くと、私たちはまずトイレに行き、それから1時50分発の最終シャトルバスに乗り込むことにしました。


(注)北朝鮮では「アガッシ」という言葉は使われず、社会主義国らしくトンム(同務)という言葉が使われるようだ




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