雪峰(ソルボン)の夢(5)



天然のトンネル、金剛門入り口に立つのりまき・ふとまき
なお、日付はカメラの設定ミスであります。


温井里の現代観光施設から再びバスに乗ると、道はすぐに山道に入っていきます。さすがに山道ともなると道沿いに金網はありません(笑)。山道のため道幅はあまり広くなく、道のすぐ脇には松の木が生えています。バスの運転手さんの運転技術もなかなかです。ところでバスの運転手さんは北朝鮮の人でもなければ韓国の人でもないそうです。なんでも北朝鮮のすぐ北隣、中国の延辺朝鮮族自治区などに住んでいる朝鮮族の人だといいます。運転手さんからは確認できませんでしたが、観光施設で働いている複数の人から、『中国から来ました』と聞きましたし、中国から来た皆さんもみんな、韓国・朝鮮語に堪能でしたので、この話はどうやら本当そうです。
さて、バスの中では相変わらずミス・イーが飛ばしております(笑)。口調はとにかく立て板に水そのもの……すごいものです。やがてバスは神渓寺という寺の跡を過ぎ、周囲の山も高くなっていくのを感じます。移動中のバスの中から写真は撮るなと言われていますし、だいたい私たちの席のすぐそばにはミス・キムがいますので、バス内からの隠し撮りなど思いもよりませんが、今回の場合見える景色はほとんど松と山ばかり……わざわざ隠し撮り禁止をする理由がわからなかったのですが、しばらく行くと松林の中に緑色のトラックが止まっていまして、そこに監視の兵士らしい人が目を光らせているのを目撃しました。う〜ん……
15分も乗ったでしょうか、バスは駐車場に止まりました。駐車場に着くと、またまた飴売りのお兄さんが目立つ場所に立って、大きな飴切り鋏をチョキチョキさせながら飴売りに精を出しています。『あの人はとっても熱心な人です』。ミス・キムは私たちにそんな説明をしてくれました(^o^)。さて、ハイキング開始前、皆さん団体ごとに集まって、現代社員の皆さんの説明を聞いています。私たちが乗ったター1の団体も、説明を受けてから、トイレなどを済ませて九龍淵コースを歩き出しました。元プロ野球選手の田淵さんに似た、林夫婦のだんなさんが私たちに対して『一緒に行こう』。と誘ってくれたのですが、私たちはどうやらミス・キムと同一行動をとらねばならぬようなので、林夫婦には先に行っていただきました。
私たちにはミス・キムが説明してくれました。まず、『北朝鮮の宣伝文句が山に刻まれていたり石碑があったりするが、指差してはならない』。『北朝鮮の監視員(環境保護巡察員というらしいが)の写真を撮らないこと』。を注意されました。それから「この駐車場に、2時20分までに集合することになっています」。と言います。時間はまだ9時前後です。事前に貰っていた資料によれば、片道2時間程度のコースだそうなので、2時20分までに戻ればよいのならゆっくり歩いていけます。
「これから先にもトイレはありますが、有料ですのでここでトイレは済ませておいた方が良いですよ」。ミス・キムの忠告に従い、のりまき・ふとまきはトイレに行ってからハイキングに出発しました。その頃には他の団体はみんな出発してしまい。私たちが最後尾になっていました。そして最後尾の私たちとともに、ミス・キムとミス・イーの二人が歩き始めました。どうやら二人は九竜淵コースの観光客のしんがりを務めることになっていたようです。
出発するといきなり北朝鮮の宣伝石碑があって笑わせてくれましたが、ほどなく道は川沿いを進むようになりました。大きな石がごろごろころがっている川で、水はとても澄んでいます。周囲の山々の姿もなかなか美しく、空気もとっても美味しいです。そして目の前には北朝鮮が作ったレストラン、木蘭館(モンラン館)が見えています。周りの景色に溶け込んだ、なかなか良いデザインです。しかし全てのカーテンが下ろされていて、この建物は現在使われていないようです。ミス・キムも「今、ここは使っていません」。と説明していました。
木蘭館と周囲の山々

とっても澄んでいる水

ミス・キムは韓日辞典をひっくり返し“モンラン”を訳そうと苦労していました。北朝鮮の国花だとはいえ、『オオヤマレンゲ』というややマイナーな花のことを説明するのは、ちょっと難しかったようです(注)。日本でも山野草の好きな人にとっては憧れの花のひとつなのですが……故金日成主席が殊のほか愛好したという花で、のりまきにとっても憧れの花で、正直韓国の国花、むくげよりもずっと好きな花です。
話が横道にそれました(笑)。木蘭館を過ぎるころから、道沿いに北朝鮮の監視員の姿が見られるようになってきました。監視員の多くは男女がペアになっています。多くの監視員は若く、特に女性はみんな色白で目がぱっちりとして、更にはまつげの長い美人なのです。これはもう“顔”で選んでいるとしか考えられません。
また、監視員の中には竹箒を持っている人もいました。その竹箒は、柄がついていない細い竹を束ねただけの小さなもので、前かがみにならないと掃除はできそうもありません。歩いていくうちに気づいてきたのですが、登山道はだいたい落ち葉がなく、きれいでした。周囲の木々を見るとクヌギやらコナラのような落葉樹も多いので、秋から初冬にかけて結構落ち葉も多いと思います。道をよく見ると、箒で掃いた跡が見えることもありました。どうやら北朝鮮の監視員の皆さんは、例の竹箒を使って登山道の掃除も行なっているようです。また、ところどころに金日成親子を称える文字などが岩に彫り込まれている光景も見えてきました。

きれいに清掃された登山道(左)と、登山道の途中、落ちていた竹箒(右)

周囲の景色はとてもよく、のりまきは写真を撮りまくっていましたが、ふとまきは少々浮かない顔をしています。
「これって、ディズニーランドがゴミひとつ落ちていない、きれいなところだというのと同じような気がする……」。ふとまきはそんなことを話します。「自然がとってもきれいなのは分かるけれども、なんだかとっても“不自然な”作られた感じがする……」。確かに、あちこちにいる監視員やきれいにされた登山道、親切だとはいえ私たちの後をしっかり歩いている現代社員、岩に彫リ込まれた政治スローガン……素晴らしい大自然を純粋に楽しむには、あまりにも多くの“余計なもの”が見えてしまいます。考えてみたら金剛山観光そのものが、純粋な観光以外に感じてしまうことが多いような気がします。多分韓国から北朝鮮に直接入るという特殊な状況が、感じてしまう不思議や不自然さを増やしているのでしょう。
そんな話をのりまきとした後に、山道を歩きながら、ふとまきがミス・キムに「今まで日本に来たことありますか?」と話し掛けてみました。すると「1回あります」と言います。「日本のどこへ行ったのですか?」と聞いてみると、「前に福岡に行ったことがあります」。とのことです。「日本語はどこで習ったのですか?」と尋ねると、ミス・キムは「高校で習いました。高校を出てからここ数年全く日本語を使っていないので、大変ですよ」。と言って笑います。また、「日本人は金剛山へ良く来るのですか?」と聞いてみると、「いいえ、あまり来ません。金剛山は韓国・朝鮮の人は一度は行ってみたい山ですが、日本の人はあまり来ません」。ということです。「外国の人は来ないのですね」。とのりまきが聞くと「欧米系の人が団体で来ることはあります」。とのこと、どうやら金剛山は今のところ日本人よりも欧米人の観光客が多いようです。
やがて道のところどころに昔の人名が刻まれた岩を見るようになりました。前から聞いていたことなのですが、どうやら朝鮮半島の皆さんは自然環境に名前や文章を刻み付ける伝統があるようです。北朝鮮が好んで行なう、政治スローガンを金剛山等の目立つ岩に刻み付ける行為も、確かにそういった伝統の上にあるものなのかもしれません。その頃、私たちは先を歩いていた飴売りのお兄さんに追いつきました。飴売りのお兄さんは私たちと一緒に写真に写り、更には名刺を渡してくれました。名前は金さんというそうです。飴売りの金さんは好奇心が旺盛なようで、北朝鮮の監視員によく話し掛けていました。
そのうち『参鹿水(サムロクス)』という、名水の飲める場所に着きました。ミス・キムによればこの水を飲めば若返るのだとか(笑)。すぐ近くにはなかなかキュートな休憩所などもあったりします。

休憩所(左)と、キュートな花模様(右)

そしてもう少し行くと、道端に突然リスが現れました。リスはぴょこぴょこ跳ねるように辺りを動き回ります。ちょうどそばには北朝鮮の監視員のみなさんもいたのですが、みんなで時ならぬリス観察会になってしまいました(^o^)。そしてミス・イーが持っていたチョコレートをひとつ、リスに投げてみると、リスはすばやくチョコレートを貰い受け、やがて藪の中に消えていきました。

チョコレートを貰って嬉しげなリス♪

その少し先に自然に出来たトンネル“金剛門”がありました。思ったよりも長いトンネルで、4〜5メートルはあったと思います。金剛門を過ぎると道は次第に坂が目立つようになってきます。山から吹く風も冷たさを増し、そばを流れる川も氷が張っている場所が目立つようになりました。そして深いエメラルドグリーン色をした玉流潭と、長い滑り台のような玉流の滝が見えてきました。玉流潭と玉流の滝の先には鋸の歯のような峰々が見えています。寒さに震えながら、景色の素晴らしさに感動していました。こんな時、コダックのジャンパーを着た人が、美しい景色をバックに、金剛山観光客相手に記念撮影を撮る仕事をしていました。コダックのお店は温井閣の脇、飴屋の金さんのお店近くにあって、写真の現像やフィルムの販売、また金剛山観光客に同行して記念撮影をするなどの仕事をしていました。

深いエメラルドグリーン色をしていた玉流潭(左)と、玉流の滝(右)
ちなみに玉流潭は玉流の滝の滝つぼに当たる。


ところで、韓国人団体の皆さんは玉流の滝の上部にかかる橋(写真参照)の上で、みんななにやら大声で叫んでおります。たぶん“ヤッホー”みたいな言葉だったのだと思います。ところで、耳にピアスをした現代社員が、橋の上から叫ぶ韓国人団体客に応えて大声を出していましたが、この人、前日の夜、温井閣のお酒売り場と金剛山温泉の2階の絵画展で見かけたのと同じ男性でした。どうやら金剛山観光のスタッフは一人何役もこなしているようです。

(注)オオヤマレンゲはモクレン科の植物。正確には朝鮮半島のオオヤマレンゲは、オオバオオヤマレンゲと呼び若干日本産のものと異なる。おしべの色の濃さに違いがあるようだ。《週間朝日百科:植物の世界100:参照》


金剛山見取り図(1) 九竜淵コースへ飛ぶ



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