雪峰(ソルボン)の夢(2)

いよいよ朝鮮民主主義人民共和国・金剛山へ向けて出航です♪


雪峰号から撮影した海金剛の島々。


11月29日(木)、いよいよ金剛山へ向けて出航の日です。のりまき・ふとまきは朝7時半ごろ起床。天気は今にも泣き出しそうな曇り空でした。便秘が続くふとまきは、お腹が張ってきたのですがやはり便通なし。私たちはまずは支度をして宿をチェックアウト。8時半すぎに金剛山行きの船が出る束草港のターミナルに行ってみました。束草港のターミナルにコインロッカーがあれば、問題図書『北朝鮮を知りすぎた医師』を旅行終了まで置いておくことができますし、だいいち2泊3日では必要ない荷物を置いて出発できます。

出発の朝・停泊中の雪峰(ソルボン)号

私たちの泊っていた民泊は束草港からわずか徒歩5分くらいの場所でした。重たい荷物を背負って港の金剛山観光船のターミナルに行ってみると、港は漁師さんたちでそれなりに賑わっていたのですが、朝10時半集合なのでもちろん人の姿はまばら……探してみてもコインロッカーはなく、売店も閉まっています。仕方なく泊った宿のそばまで戻り、喫茶店(タバン)に入って朝食をとることにしました。喫茶店に入ってみて気がついたのですが。どうやら飲み物メニューだけで食べ物メニューはないようなのです。仕方なくのりまき・ふとまきはコーヒーを飲んで喫茶店を後にし、昨晩見つけたパン屋さんに行ってみました。
パン屋は意外と品揃えが豊富で、ここでパンと飲み物を調達して港の金剛山観光船ターミナルに戻ってみました。その頃にはぽつりぽつりと雨が降り始めました。

束草港の金剛山行き観光船ターミナル

せっかちという点では韓国人は日本人と良い勝負かもしれません。先ほどまではほとんど人の姿が見えなかったターミナルは、戻ってみると結構人が集まってきています。多くの人は結構本格的な山支度をしています。金剛山はハイキング程度だと聞いていたので、のりまき・ふとまきは少々びっくりしました。後から考えてみると本格的山支度にはそれなりの意味があったのですが、この時ののりまき・ふとまきにとってそんなことは知る由もありません。ターミナル内の席につくと、まずのりまき・ふとまきは買ってきたパンで朝食です。
やがて人はどんどん集まってきます。金剛山観光が存続か中止かの瀬戸際にあることを忘れさせてしまうほど、人は集まってきました。もっとも3日に1回出発するツアーなので、一日平均にするとそんなに多くはないかもしれませんが……やがて垢抜けた格好をした若い男女が集まってきました。現代峨山の社員たちのようです。女子社員のうち2人は、せっせとお掃除を始めました。ターミナル外の電話ボックスまで磨いています。『これは、現代グループの鄭夢憲会長でも来るのかな〜〜』。その光景を見ながら、のりまきはそんなことを考えました。
やがて10時半になりました。三々五々受付が始まったようです。どうやら韓国人の皆さんのほとんどは団体参加なようで、団体の代表者のような人が受付を済ませると、その団体のところに現代社員が行って、首から吊るすようになっているカードのようなものを配り出しているようです。のりまきも受付を済ませようと、のりまき・ふとまきのパスポートを片手にカウンターのところに行ってみました。
カウンターに日本国のパスポートを持ったのりまきが現れ、受付にいた若い女性に「イックスキューズミー」というや否や、「あ、日本の方ですね」。と日本語で返事が返ってきます。「少々お待ちください」。あれあれ……やっぱり日本語だよ……
女性はカウンターから奥の方へと行き、なにやら名簿のようなものを持ってきました。「パスポートをお見せください』。というので、私たち二人のパスポートを渡すと、名簿とパスポートの内容を見比べていました。それから彼女は「今回、一緒に行きますキムといいます。よろしくお願いします」。と、挨拶をしました。『一緒に行くって……まさか彼女は私たち二人に専属ということなのだろうか?』のりまきはキムさんの言葉を解釈しかねて首を捻ってしまいました。
まもなく、首から吊るすようになっている観光カードを持って、キムさんは私たちの座っている場所にやってきました。「こんにちは、キム○○と申します。よろしくお願いします」。それから観光カードを私たちに渡しながら「この観光カードは、金剛山観光中必ず持つものです。金剛山の観光中は必ず見えるように首から下げてください」。キムさんから渡された観光カードをよく見ると、2枚組みのカードが入っています。感じとしては一枚は観光客の身分証明書代わりのようなもので、あとの1枚は北朝鮮のビザのようなものらしかった。それから彼女は「こちらにサインをお願いします」といいながら私たちに黄色い紙を二枚渡しました。見ると韓国の出入国カードでした。出入国カードには必要事項が印刷済みで、ただサインだけすれば良いようになっていました。キムさんは出国カードの方を指で示しながら「これがこれから船に乗るときいるのです」。という。どうやら私たちは一回韓国から出国をする扱いになるらしい……
次に彼女は雪峰号の乗船券を私たち二人に渡しながら「これが船のボーディングパスです。座席番号がここに書いてあるので、この番号のところに座ってください。そしてここにあるター1で行くことになります」。と説明をする。確かに乗船券にはハングルでター1と書いてあるのですが、ター1で行くという意味が、この時にはよくわかりませんでした。そして「10時半から船に入るです。出航は12時です。私が今回の金剛山には一緒に行きます。船に入ったらすぐにミーティングします」。キムさんの日本語は、流暢とはいえないまでも大体の要点はわかる。どうやら10時半から船に乗り込み、それからキムさんから金剛山観光について説明があるようです。「わかりました」。のりまきがそう答えるとキムさんは「よろしくお願いします、私が今度の金剛山はずっと付き添います。船の中でわからないことがあったら、キム○○に電話をしてください」。といいました。どうやら彼女は本当に私たち二人の専属のような役回りらしい。私たち二人は驚きながら「お願いします」。とキムさんに改めてあいさつをしました。それから、「日本語があまり上手くなくてすいません……」。キムさんはそう恐縮していましたが、ふとまきは「いいえ、そんなことありません。お上手ですよ」。と、しっかりフォローをしていました。韓国人の名前が覚えにくいので私たちは彼女のことを“ミス・キム”と呼ぶようになりました。
金剛山では、お金は米国ドルしか使えないとのことで、ターミナル内には両替所がありました。韓国人の皆さんは、両替のために長蛇の列を作っていました。のりまき・ふとまきは両替はしませんでしたが、ターミナル内の売店でテレフォンカードを購入して、電話を大韓航空のオフィスにかけて、金剛山に出発する前に帰りの飛行機のリコンファームを済ませました。
10時半を過ぎても船の乗り込みは始まりません。11時近くなってようやく船の乗り込みが始まりました。韓国人は日本人と似てせっかちが多いらしく、乗船が始まるや否や、どんどん列を作って手続きを始めていきます。ある程度空いてきたのを見計らって、のりまき・ふとまきは乗船手続きを始めました。私たちが手続きを始めたのを見て、ミス・キムが付き添ってくれました。乗船手続きは国際線の飛行機に乗り込む手続きとほとんど一緒でした。まず荷物検査があって、荷物はしっかりエックス線まで通されました。それから出国手続きです。ミス・キムが係官に『イルボンサラム……(日本人)』と、説明している声が聞こえました。先ほど渡された韓国の出国カード・パスポート・雪峰号のボーディングパスを係官に渡すと、係官はパスポートに韓国出国のスタンプを捺します。出国スタンプの下にはハングルで束草ー高城(雪峰号の着く北朝鮮の港町)と書いていました。これでは本当に出国手続きとなんら変わりありません。
船に乗り込むと雪峰号のスタッフたちが挨拶をします。金剛山観光は、金剛山に向かう雪峰号に観光中そのまま宿泊する人と、港に作られたホテル海金剛に宿泊する人に分かれるのですが、乗船後、雪峰号宿泊者はそのまま部屋にチェックインするようでした。私たちはホテル海金剛宿泊を選択したのでチェックインは行なわず、優に200人は収容できる大きな船室に入りました。
船室に入り、ミス・キムに教えられた通りの座席番号を探してみたら、既に人が座っています。ただでさえ韓国語がよくわからない上に、指定された座席番号周辺には団体客が大勢座っていたこともあって、なかなか『どいてください』。とはいいにくい雰囲気です。ただ、よく見ると近くに2席空席があります。のりまき・ふとまきはとりあえずその空席に腰掛けていることにしました。
その空席に行くには、一組の韓国人夫婦の座席前を通らねばなりませんでした。だんなさんが野球解説者の田淵氏そっくりで、奥さんが色白でほっそりとした感じであったこの夫婦に、『奥に座らせてもらえませんか』。とジェスチャーで示すと、二人ともにこにこ笑いながら私たちを奥に通してくれます。ま、なんとか無事に座席は確保できたわけです。この夫婦、だんなさんの名前は林(イム)さんといい(奥さんの名前は聞けなかった)私たちは旅行中『林夫婦』と呼んでいました。
隣同士に座ることになった林夫婦は、私たちが首から吊り下げている観光カードを見て『イルボンサラム』と言っていましたが、やがて『いつから韓国に来ているのか』。とか、『いつまで韓国にいるつもりなのか』等々、質問をしてきました。林夫婦は全く日本語がわからないので、もっぱらのりまきの片言のそのまた片言のような韓国語で話したので、林夫婦の質問を正しく理解して正しく回答したのかどうかは大いに疑問の残るところですが、林夫婦はうんうん頷きながら聞いていました(笑)。
少し落ち着いたと思ったら、すぐにみんなどやどやどやどやどこかに行き始めました。なんだろうという顔をしている私たちに対し、林夫婦はジェスチャーで“食事”であることを示します。どうやら昼食時間のようです。林夫婦は食事を摂ったばかりなのか、特に奥さんの方がお腹が一杯らしく昼食はパス。私たちはしっかり船の昼食を摂りにいくことにしました。食堂に行くと、ここも多くの人が並んでいます。メニューは3種類でした。私たちは一番軽そうでかつ安い、キンパプ(のりまき)定食を頼むことにしてレジのところに行くと、雪峰号の船員らしい人が何人か並んで昼食券の販売などをしています。私たちがレジにキンパプ定食の注文をすると、『日本人ですか』。と、なまりの少ない日本語が返ってきます。見ると小西克哉アナウンサーそっくりの黒ぶちめがねの男性が立っています。
「日本の方ですね」。「はい」。のりまきがそう答えると、「この船で日本語が出来るのは私だけです。金剛山の旅行、大丈夫ですか?」と聞いてきます。「はい、日本語の出来る職員の方がついてくださるようです」。ふとまきがそう答えると「そうですか……」と少々怪訝そうな顔をします。パクさんにとって、日本語の出来る現代職員が他にいるというのは、少々意外な話のようでした。「あ、私の名前はパク○○と申します。船の中でわからないことがあったらいつでも呼んで下さい」。と答えてきました。そこでふとまきが「船の中で写真を撮っていいですか?」とパクさんに聞いてみると「はい、大丈夫です。でも、北朝鮮に入ったらだめです」。と答えてくれました。
「ありがとうございます」。私たちが礼をすると、「あ……キンパプ定食の注文ですね。こちらにいらっしゃい」。というと、パクさんは私たちを案内してくれます。見ると多くの人はカルビタン定食など、もっと重たいメニューを注文していて、キンパプ定食を注文する人はほとんど誰もいません(^o^)。パクさんに改めてお礼をして、食堂のカウンターから定食が乗っているトレイを貰い受け、のりまき・ふとまきは船の上での昼食を食べました。私たちは日本語を話す雪峰号の船員らしいこの男性を、旅行中“ミスターパク”と呼んでいました。
食事が終わっても船はなかなか出航しません。そんな中、黒いスーツに身を固めた一団が船に乗り込んで来ました。先頭を切っていたのは痩身の中年優男タイプの男性で、俳優の段田安則さんに似ています。後の人たちはその男性の部下らしく、多くの人はカバンを持ってその男性の後に従っていました。後日現代峨山のホームページでも確認したのですが、俳優の段田さんに似たこの人物こそ、鄭夢憲・現代グループ会長でした。
時間は昼の12時をまわり、12時半に近くなったころ汽笛が鳴りエンジンがかかり、それからタグボートがやってきて大きな雪峰号を引っ張り始めました。いよいよ出航です。小降りだった雨は次第に本降りになり始めました。雨の束草港を出港して、いよいよ北朝鮮へ向かいます。
さて、出航後まもなく、船室にぞろぞろぞろぞろ多くの人が集まりはじめました。『金剛山観光安全教育』のお時間が始まったのです。どうやらここの安全教育は全員必須科目らしく(笑)、雪峰号宿泊組の人々も集まっているようです、部屋は8割以上埋まってしまいました。やがて船室の前の方には現代社員がずらりと並び、壇上には一人の若い男性職員が上り、『アンニョンハシムニカ』と挨拶すると、現代の職員たちも頭を下げます。職員はみんなまだ若いのですが、どの人も頭の良さそうでかつ洗練された雰囲気を漂わせています。やはり現代グループ社員はエリートなのでしょうか?
壇上の男性職員は、挨拶の後すぐに金剛山観光の説明を開始します。まあ、立て板に水とはこのこと……何を言っているのかさっぱりわかりませんが、メモなんか見ることもなく、次から次へと説明を続けます。時には身振り手振りを交え、雰囲気からはたとえ話や実際に金剛山観光で発生した事例なども説明していたようです。しかしどんなに熱弁をふるっていても次第に雰囲気はだれてきます。説明が始まって20分経ち、30分経つうちに居眠りをする人も目立つようになりました。
説明開始後約40分くらい経った頃でしょうか。壇上の男性が『携帯電話や焦点距離の長いカメラなどの持ち込み禁止品目』の説明を開始した直後、突然会場は蜂の巣をつついたような大騒ぎになりました。なんと『携帯電話・携帯電話のバッテリー等の持ち込み禁止品目をこれからお預かりする手続きを始める』。と言ったようなのです。現代社員たちは慣れたもので、さっそく船室の後方にお預かり用のビニール袋を持って集結しています。多くの韓国人は携帯電話を持っています。更に自分の持っている物が携帯禁止品目に当たるのかどうか確認する人もいて、船室の後部にはわらわらと大勢の人が集まり始めました。現代社員の皆さんは手際よく携帯電話や携帯電話用バッテリーの預かりを開始しました。たちまちのうちに携帯電話がいくつも入った袋が何袋も出来ていきます。更に新聞やノートパソコンなども預かり品目に入っているようです。
まもなく私たちのところにミス・キムが現れました。「すいません、お二人は携帯電話持っていますか?」持っていないと答えると次に「カメラ見せてください」。といいます。焦点距離160ミリ以上のカメラは持ち込み禁止なので、確認の必要があったのです。のりまき・ふとまきのカメラが160ミリ以下であることを確認すると、今度はふとまきが「これ、持っていって大丈夫ですか?」と、『北朝鮮を知りすぎた医者』の二冊本をミス・キムに見せてみます。「本は大丈夫です。ところで新聞とか雑誌ありませんか?」。私たちは韓国行きの飛行機で貰った、鄭夢憲現代グループ会長が11月29日から北朝鮮金剛山を訪問すると書かれた記事の載っている毎日新聞を持っていました。
「これを持っています」。毎日新聞をミス・キムに見せると「う〜ん……」と、少し考えていたようなのですが、結局「では、この新聞お預かりします。そして帰りの船でお返しします」。ということになり、毎日新聞はミス・キムに預けることとなりました。最後にミス・キムは「4時30分からミーティングしますので、この場所にいてください」。といいます。私たち二人はミス・キムの言葉に頷きました。本が大丈夫なのは一安心ですが、それにしても北朝鮮にとって都合の悪い内容満載の本が持ち込み可で、新聞紙が問題ありとは……なんだかよくわかりません。
一騒動終えると、“安全教育”もほどなく終了となり、雪峰号宿泊の皆さんはそれぞれ自室に戻っていき、船室に静寂が戻ってきました。外は雨が降り続け。船から見える景色は、いつのまにかに海と雲だけになっています。天気は悪いのですが風が弱く、波がほとんどないので航海はなかなか快適です。暖かい船室内で、多くの人がうとうとしはじめました。船の中を少し歩いてみると、船内の売店では北朝鮮グッズや金剛山観光グッズが売っていました。また、まだお金を米ドルに両替していない人のために、船内に臨時の両替所も開設されていました。船内を一通り見てしまうとすることがありません。のりまき・ふとまきともども、いつしか眠ってしまいました。
どのくらい時間が経ったのでしょうか……目が覚めてみると、西の方の空が明るくなってきているようです。雨もいつしか止み、陸地も見えてきたようです。のりまき・ふとまきは、船の最上部、甲板へと出てみました。
甲板の上はやはり寒いのですが、意外と多くの人が集まっていました。甲板から陸の方角を見ると、昨日統一展望台から見たばかりの海金剛の景色が見え始めました。

雪峰号甲板にて。日付が間違って表示されてますね(笑)

海金剛が見えてきたということは、もうすぐ到着です。そうこうしているうちに船が進行方向を変え始めました、そして船の進行方向遥か先の方に、芥子粒のような黒い点が見え始めました。その頃、船内に放送がかかりました。どうやらもうすぐ到着であること、これから写真撮影は出来ないことなどを説明していたようです。はじめのうちは、黒い点は島影かなあと思っていたのですが、だんだんと近づいていくうちに船であることがわかってきました。この船は影絵のように黒く、輪郭がつかめる頃には軍事用の船であることがわかりました。
船の姿はどんどん大きくなっていきます。船は一ヶ所に停泊しつづけているようで、全く動こうとはしません。かなり距離が近づいてみても、船はあくまで影絵のように黒く、影絵の船上にはこれもまた黒い人影が結構大勢動いているのが見えてきました。その頃には『何が始まるのだろうか……』と、大勢の人が問題の黒船を見ようと集まってきました。そしてそれら乗客の姿を、しっかり現代社員が後から見守っています。やがて黒船との距離が、乗っている人物がひとりひとり判別できるくらいまで近づいてきました。近づいてみると黒船は結構な年代物で、全体が黒光りした黒錆色をしています。そして黒船の甲板はなんと木製でした。また、よくわからないのですが、この黒船の隣には手漕ぎの小舟が一艘、浮かんでいるのに気づきました。なぜかこの小舟までも真っ黒な色をしています……そうこうしているうちに、これまで止まっていた黒船が動き始め、どんどん私たちが乗っている雪峰号に近づいてくるではありませんか!!黒船は弱々しく煙を吐きながらこちらに近づいてきます。さながら骨董店で売っている年代物のアイロンが浮かんでいるかのようにも見えます。しかし、船上には2〜30人という大勢の兵士が乗っているようであり、黒光りする船体はなにやら妖気すら漂わせています。そして操舵室の上には金正日国防委員長を称えるスローガンが掲げられています。
やがて黒船は、雪峰号にぴたりと横付けされました。いったい何が始まるのだろう……雪峰号の大勢の乗客が、かたずを飲んで見守る中、横付けされた黒船からは3人の男が雪峰号に乗り込んできました。3人の男を雪峰号に乗せた後、黒船は雪峰号から離れていき始めました。
その頃には西空には晴れ間が見え、夕焼けの中、少々よたつきながら黒船は離れて行きます。雪峰号に乗り込んだ3人の男については気になるところですが、のりまき・ふとまきとも離れていく黒船の姿を見てなんとなくほっとしました。皆の表情にも安堵の空気が流れています。そして岩峰に囲まれた長箭湾の光景が夕焼け空をバックに迫ってきました。奥の方には金剛山の峰々も望めます。写真撮影が出来ないことはわかっていましたが、実に素晴らしい光景です。やがて岩峰のいくつかには、とても大きな字が刻まれているのがわかってきました。それとともに高城の街並みもよく見えてきました。また、静かな湾内には幾艘かの手漕ぎの舟が浮かんでいて、魚を獲っているようです。
『いけね……4時30分からミーティングだったな』。景色にみとれてしまって、あぶなくミス・キムとのミーティングの約束を忘れてしまうところでした。船室に戻ってみると、まもなくミス・キムは現れました。「これからまもなく下船します」。ミス・キムはそういいました。「下船してから検査があります。並ぶ列はタの列です。お二人はタの25番・26番に並んでください」。いやいや……北朝鮮に入国する順番まで決められているようです。「検査が終わったらホテルにチェックインしてください。ホテルに入ったらすぐにバスに乗って夕食と温泉に行きます。バスはター1です」。どうもター1という言葉がよく出てくる。「下船してからのことは、また後で説明します。もうすぐ到着します」。最後にミス・キムはこう話すと、ミーティングはあっけなく終わりました。やがて雪峰号は岸壁に接岸しました。接岸した場所は高城港とはいうものの、高城の町と湾を挟んで反対側であり、周囲に人家らしいものは全く見えません。私たち二人はさっそく荷物をまとめ、下船して北朝鮮に第一歩を記しました。時計を見るとちょうど午後5時頃でした。



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