嵐の萬物相
(5)

いよいよ憧れの万物相……しかし、嵐になった……


万物相登山終了近く、登山道脇の渓谷の状況……
この頃の天候は風雨強く、まさに荒れ模様であった。



万物相の地図、鄭さんが書いた地図を模写しました。


雨の降り続く中、万物相コースの出発です。みんな最初はグループごとにまとまって、行列を組んで出発します。現代の社員さんが旗を持って列の先頭に立ちます。のりまき・ふとまきはもちろんラー8の旗の団体と一緒に出発しました。また、今回は面白いことに北朝鮮の環境巡視員の皆さんも、金剛山観光客の列に混じりながら山登りをするようです。
登山道入り口は駐車場脇にありました。歩き始めるとすぐにコンクリート製のあずまやがありました、あずまやは万相亭という名前のようです。日本でも展望台などでよく見かけるタイプです。あずまやを過ぎると道は登りはじめます。歩くだけでそれなりに負荷がかかる道です。川沿いの比較的平坦なコースでスタートする九竜の滝コースと違い、いきなりギア全開です(^o^)。進行方向右手はかなり深い谷となっていて、谷底に急流が流れています。急流のところどころは滝のようになっています。
登りはじめて5分もしないうちに、進行方向左手に三仙岩が現れました。そそり立つ3つの巨岩を、3人の仙人と見立てた岩で、なかなかの見ごたえです。三仙岩がよく望めるところには、小さいながらもあずまやもあります。しかし雨は強く次第にどしゃぶりに近くなってきました……好景を前にしても写真を撮る人は少数です(-_-;)。
三仙岩を過ぎてまもなく、渓谷の反対側にはそそり立つ岩の壁が見えてきました。しかし霧や雨に巻かれてなかなか全景を望めません。それから少し進んでいくと、今度は切斧岩というやはりそそり立つ岩の壁が見えてきました。切斧岩の少し先の方には、階段状になった滝が望めます。階段状とはいえかなりの落差がある滝です。霧に見え隠れする七層岩も切斧岩も滝も、まさに東洋画の世界で見ごたえがあるのですが、団体行動の行列と強い雨のおかげで、なかなか景色を堪能する余裕がありません(-_-;)。


      三仙岩

      切斧岩

切斧岩を過ぎると道は急な登りへとさしかかります。標高が高くなっていくと周囲の山々はもう完全に霧に包まれ、さらに道は樹林帯を進みながら高度を稼いでいくので、このあたりは完全に登山に専念モードとなります。ギアはもう完全にローギアです(笑)。この頃になると、登山客の体力差が徐々にはっきりとしだし、行列はどんどんどんどんばらけて行きます。のりまき・ふとまきは、この頃はまだ比較的元気で、万物相登山者全体の先頭に近い位置で進んでいきました。
雨中の万物相登山光景です。頑張れふとまき!

どのくらい登ったでしょうか?雨と急坂で時計を見る余裕もありません……目の前に突然簡易トイレが現れました。こんなところまで簡易トイレを運んでくるとは……ご苦労様です。簡易トイレの後は、これまでの道よりも比較的ゆるやかになりましたが、まだまだ登りが続きます。私たちの周りを歩く韓国人の皆さんも登山に専念です……
万物相簡易トイレ……

しばらく行くと視界が開けます。『ああ、頂上かな……』と思いましたが違いました(-_-;)。周囲には形良き岩山が並んでいますが、道はまだ先へと進んでいます。そしてこの場所には北朝鮮の環境巡視員の男の人が二人、立っていました。
仕方ありません、先へと進むことにします。この頃には雨ばかりではなく風も出てきました。周囲の景色は良いのですが、もはや写真撮影は思うにまかせません……そしてしばらく進んでいくと、突然目の前に屏風を立てたような岩の壁が二枚、現れました。道はその岩の壁の間をよじ登るようにつけられています……合羽を着ているとはいえ、強い雨のおかげで身体はかなり濡れてきました。気温もかなり低いようで、山登りをしている最中とはいえ、身体はなかなか暖まりません。少しづつ身体が硬くなっていくような感じがしてきたと思ったら、この急登です。
『えーーっ!!これ登るの!!』というのがいつわらざる心境です。でも登るのです!!のりまき・ふとまきはゆっくりと登っていきます。このあたりになると、道の両脇に可憐な花が咲いているのが目に付くようになりました。特にカラマツ(注)の仲間である、白い可憐な花が登山道周辺に多く咲いていました。時期的に高山植物の咲く季節なので、天気が良くて団体行動ではない登山であったらどんなに良かったかと、この時のりまきは思いました。
帰りに撮影した、屏風のような岩の間を登る登山道。

雨に濡れるカラマツの花

岩の壁の間を進む道を登りきると、どうやら頂上近くに着いたようです。実は頂上には3ヵ所展望台があって、いちばん端の展望台に辿り着くまでもう少し頑張らねばならなかったのですが……このときはとりあえず一安心しました。ここは鄭さんからいただいた地図によると『望洋台』という地名らしく、天気が良いと万物相・金剛山の絶景とともに、東海(日本海)を望むことができるところらしいのですが……霧と雨のおかげで、海どころか数十メートル先の岩も見えるかどうか怪しい感じです。しかし時々垣間見える周囲の奇岩の数々からは、さすがに世に名高い名勝の名をはずかしめない風格を感じます。
まもなくのりまき・ふとまきの目の前に、鉄製の手すりがついている展望台が見えてきますが、韓国人観光客の皆さんは、展望台に寄ることなく先へと進んでいきます。??…と思いながら先に進むと、また展望台がありました。このあたりの道は、アップダウンはありますが稜線縦走の雰囲気であまりつらくはありません。二つ目の展望台の先に、もうひとつ展望台がありました。どうやらそこが終着地点らしく、観光客のトップを走っていた人たちが見物を終えて降りてきます。のりまき・ふとまきも第三の展望台まで行き、そこで持参した防水の使い捨てカメラで記念撮影をしてもらいました(^o^)。展望台からの景色は霧に包まれていましたが、それでも近くの奇岩や枝ぶり良き松の姿など、なかなかの見ごたえです。鄭さんに貰った万物相地図によると、望洋台の標高は1041メートル。下の駐車場は標高約600メートルとのことですから、雨の中400メートル以上の高度を登ってきたことになります!!
望洋台からの景色です。

望洋台での、のりふと記念撮影♪

写真大好きのりまきも、この悪天候ではなかなか思うように写真が撮れません……しばらく第三の展望台にいた後、もと来た道を引き返すことにしました。第二の展望台まで戻る前、万物相行きのバスで一緒だった団体の皆さんとはちあわせになりました。彼らは私たちが降りてきた第三の展望台に向かう前に、木々におおわれ、雨が少し防げる場所で持参したみかんを食べていました。挨拶をした私たちに彼らは、みかんをおすそわけしてくれます。のりまき・ふとまきはありがたく頂くことにしました。疲れた体にみかんの酸味が心地よく行き渡ります……美味であります!!
みかんを食べ終わり、さらに進んで第二の展望台にさしかかった時のことです、多くの金剛山登山客が登ってくるので、道の端にあった岩に上がって、登ってくる人を避けたところ、その岩には先客がいました。胸に金日成バッチをつけた北朝鮮の環境巡視員です。環境巡視員さんは二人組みの男性でした。二人とも合羽は着ておらず、二人のうち一人が差している雨傘のみで雨風を防いでいます。そんな状態で二人とも半そでの洋服だったので、寒いのか鳥肌が立っています。
ふとまきがジェスチュアーで、「寒いですね…」。と示すと、彼等も意味がわかったようでにっこり頷きます。のりまきが「アンニョンハシムニカ」と話し掛けてみると、「アンニョンハシムニカ」と答えが返ってきます。続いて二人のうち一人が、「日本人ですか?」と聞いてきました。「はい、日本人です」。と答えると「朝鮮語(チョソンマル)わかるか?」と聞いてきます。あたりまえのことですが、環境巡視員は北朝鮮の人なので、韓国語(ハングンマル)ではなく、チョソンマルになるのですね。
のりまきはジェスチャーで「ちょっと」。と示すと、二人とも笑います。のりまきは「どこからここまで来ましたか」。と、環境保護巡視員さんに“チョソンマル”で尋ねてみます。なんとか通じたようで、「温井里」という答えが返ってきました。そうしていると二人のうち一人が、ズボンのポケットからすももを取り出し、私たちに渡してくれます。北朝鮮の監視員さんからプレゼントを貰う機会は2度とないかもしれません……ありがたくいただくことにしました。かわりに温井里で買ったゆで玉子を渡してみようかどうか迷いましたが……基本的に北の人に物を渡してはいけないということなので、すももを貰うだけにしました。私たちはせっかくなので貰ったすももにかぶりついてみます。なかなか味わい深く、美味しいすももです
それから環境保護巡視員さんは、のりまき・ふとまきに「金剛山観光カードはどこにあるか?」と聞いてきました。観光カードは万物相まで行くまでのバスの車内で、ラー8番担当の現代社員、李さんに渡してしまっています。たしか観光カードはいつでも首から下げていなければいけないはずです。『なにか言われるかな……』と、少々緊張しましたが、環境保護巡視員さんたちは私たちが観光カードを提示できないことについては特に何も言いません。しかし彼らは私たちに何か聞いてみたいことがあるようです。少々迷いましたが、今回の旅行で持参した“韓国旅行対話集”を環境保護巡視員さんに渡してみます。
韓国旅行対話集を見せると、環境保護巡視員さんは二人とも、対話集に付録としてついている韓ー日対訳のある単語帳をを覗き込むようにして、一ページ一ページ、時々探したい言葉を口に出しながら、真剣に単語を探していきます。雰囲気として“問題となる言葉を捜して、罰金でも取り立てよう”といった感じではありません。二人とも北朝鮮と韓国では、辞書の語順(日本でいえば50音表)が違うので、韓国流の並べ方をしてある対話集の語順に少し戸惑ったようです(注2)。
3〜4分も探していたでしょうか……結局、探したい言葉は見つからなかったようで、韓国旅行対話集は私たちのところに戻ってきました。お互いもっと話したいことがあるのに、言葉がよくわからず大変に残念です……日本語の上手な鄭さんがいてくれたら良かったのに……別れしなに、環境保護巡視員さんは私たちに握手を求めてきます。二人ともがっちりとして硬い、肉体労働者系の手でありました……
第一の展望台には寄らず、とりあえず山を降りはじめます。屏風を立てたような岩の壁のところまで戻ってきたところ、ちょうど家族連れが登ってきました。小学校低学年くらいの子どもたちはもう疲労困憊といった感じで、だだをこねる元気もなさそうです。それにしても険しい道のりに加えこの天候の中、よく子どもたちはここまで登ってきたものです。
下りの道は足が笑いそうになりますが、とりあえず登りよりは楽です。簡易トイレのある場所まで戻ってくると、道が二手に分かれています。一方はそのまま下山する道、もう一つの道は万物相で最も有名な展望台である『天仙台』に行く道です。簡易トイレのところにいた現代の社員さんに、天仙台へ向かう道を指差してみると、『うん』と言う感じで頷きます。また登ることを考えると少し憂鬱になりますが、せっかくここまで来たのです、天仙台まで行ってみましょう。ちなみに少なからぬ人が天仙台へ向かわずに、そのまま下山していったようです。
天仙台への道を少し行くと、シマリスが道沿いに現れ遊んでいる場面に出くわします。昨年も九竜の滝コースでリスを見ましたので、金剛山には結構リスがいるようです。さて、天仙台への道はかなり強烈な急登でありました。途中のりまきは、疲れのためかあまり体に力が入らなくなってしまいましたが、少々休んだらなんとか復活しました。休んだ場所からしばらく行くと、『忘杖泉』という小さな湧き水がありました。ここには金日成様のお言葉が刻まれている石碑がありました。そういえばこのコース、あまり岩に刻まれた文字やら石碑やらが目立ちません。まわりの景色の多くが雲霧につつまれていたので断言はできませんが、万物相コースの石碑密度は、石碑が見られる日本の山とあまり変わらないような気がします。
忘杖泉を過ぎると、『ハヌルムン』(天への門)という、人ひとりがようやく通ることができるくらいの天然のトンネルをくぐります。ハヌルムンまではなんとか持参の一眼レフが使えていたのですが、ここから先はレンズがひどく曇ってしまい、しばらく一眼レフが使えない状態になってしまいました。ここから先、この日の夜までデジタルカメラが孤軍奮闘してくれました(^o^)。
この先に別世界が広がるという、ハヌルムン(天への門)。

ハヌルムンの向こうは景色が一変するといいますが、確かに奇岩が並び立つ素晴らしい光景が広がっていました。しかし景色を堪能する余裕はありません……この頃には雨風ともに強く、どしゃ降りというよりも嵐に近い天候となっていました。

“ハヌルムンの向こう”にある奇岩


ハヌルムンから少し行くと、ほどなく最終目的地である天仙台に到着しました。天仙台には男女の組の北朝鮮の環境巡視員さんがいました。万物相コースでは、高い場所の環境巡視員は男2人組が多かったのですが……ご苦労様です。あと、天仙台にはあまり大きくはありませんでしたが、金日成様の石碑が3つありました。
天仙台は、天から天女が降りて遊んだと言われる場所だそうです。360度、見わたす限りの絶景ということですが、残念ながら周囲をよく見わたすことは出来ませんでした。しかし。嵐の中の万物相は神秘的でありました。個人的感想ですが、九竜の滝コースよりも万物相コースの方が、よりグレードが高いような気がします。

天仙台からの光景

さて、天仙台での眺望を楽しんだら下山です。強い雨は容赦なく降りつけてきます、風も強く、まさに“嵐の万物相”になってしまいました。合羽を着ていても水が中まで染み込んでくるは、靴はずぶ濡れでやはり水が染み出してくるは……もうぼろぼろであります(-_-;)。私たちを含め、皆逃げるように山を降りていきます。それでものりまき・ふとまきは、途中『安心台』という展望台で、日本語が少し出来る、ぽっちゃりした感じの現代の若い女性社員さんに記念撮影のシャッターを押してもらったり、また北朝鮮の環境巡視員と現代の若い男性社員の人が一緒にいるところを見つけて、話し掛けてみたりもしました。人の良さそうな北朝鮮の女性環境巡視員さんは、にこやかに私たちアンニョンハシムニカ」と、応えてくれます。ところで、北朝鮮の環境巡視員と一緒にいた若い現代社員はサッカーが好きなようで、私たちにJリーグの韓国選手の話題を話しかけてきました。
行きに見た、切斧岩と階段状の滝が見えるところまで戻ってきました。滝は増水して壮観な眺めになっています。滝の下手を流れる渓谷も増水して、激しく水が流れ下っていきます。三仙岩のところまで戻ると、岩の先の方に人が立っています。『そうだ!鄭さんの書いてくれた地図では、鬼面岩は三仙岩の奧にあるように書いてあったな……』のりまき・ふとまきは万物相地区でも有名な奇岩、鬼面岩をまだ見ていなかったのです。しかし三仙岩のところに立っていた現代社員に聞いてみると、「もう時間がないので、(鬼面岩へは)行けません」とのことでした。嵐の中、少々身の危険も感じはじめていたこともあって鬼面岩は断念、また次回、金剛山に行く時の宿題とすることにしました。
今回の万物相登山、後になればなるほど登山道が空いてきたような気がします。多分多くの人が途中で登山を断念したのでしょう。のりまきの印象では望洋台まで行った人は全体の半分、天仙台まで辿り着いた人は全体の三分の一くらいなのでは……と思います。
三仙岩を降りるとまもなく出発地点の駐車場です。金剛山観光客・現代社員・北朝鮮の環境巡視員、どの人の顔にも安堵とともに、疲労の色が伺えました。皆さん!お疲れ!!


(注1)ここで言う“カラマツ”とは、木のカラマツではなく、キンポウゲ科カラマツ属の植物のことを指しています。花の形がカラマツの葉に似ているところから『カラマツ』と名づけられたそうです。ちなみにカラマツはその少し地味ながら味のある花が、多くの山野草の愛好者を惹きつけているといいます。(ここの説明は、永田芳男著・夏の野草:山渓フィールドブックスを参考にしました)

(注2)韓国と北朝鮮は、同じ文字を使用しているのですが、辞書の配列が異なっています。つまり極端にいえば『あいうえお』の順番で単語を並べてある辞書と、『いろはにほへと』で並べている辞書とでは、言葉が出てくる順番が全く変わってしまうことがわかると思いますが、韓国と北朝鮮の辞書でも、同じような現象が起こります。



嵐の萬物相(4)へ戻る

蓬莱の巻に戻る

金剛一万二千峰へ戻る

のりまき・ふとまきホームへ戻る


嵐の萬物相(6)へ進む