嵐の萬物相
(4)

金剛山二日目……いよいよエンジンがかかってきます。


雨の金正淑保養所……やはり結構年代物の建物ですね〜〜
今後、金剛山観光客が宿泊できるように改修する話が持ち上がっています


さて、金剛山二日目(7月19日)は、のりまき・ふとまきとも、きちんと朝の5時半頃に起きてしまいました。外はやっぱり雨模様です(-_-;)。私たちの部屋の窓からは長箭湾が一望出来ます。雨に霞みながら、長箭の町並みや湾内にいくつか浮かぶ軍艦と思われる黒い影、さらには“ちょっと淋しい海水浴場”が見えます。海水浴場の近くには、金剛山観光バスがたくさん止まっている姿も見えます。しかし長箭湾を囲む屏風のような山々は、昨日夕方と同じく、雲霧に包まれ全く見ることが出来ません。これでは金剛山に行っても景色はあまり期待できないかも知れません。
正直寒いです。東京近郊に住むのりまき・ふとまきにとっては、5月後半から6月始めのころの肌寒さに感じました。私たちの住んでいるあたりでは夏本番である、7月半ば過ぎの気候とはとても思えません。
私たちは6時ジャストに食堂に行き、朝食を食べました。ホテル海金剛の朝食はバイキング形式ですが、前回同様なかなか美味であります(^o^)。やはり温井閣の食事よりも一段上の味付けだと思います。ところで、今回はコーヒーがセルフサービスになっていまして、コーヒーの前にはお金のカンパをお願いするような感じの籐製の小さな器が置かれていましたが、なんだかよくわからなかったので、二日目の朝は特にカンパをしないでコーヒーをいただきました。
食事が終わってから後、金剛山本番に備えて荷物をリュックに詰め込んだり、雨模様なのでカッパを着用するなどの準備をしました。それにしても気になることは、昨晩、担当さんは“会社”に、私たちが万物相コースを希望していたことを確認してくれたでしょうか?そして私たちは万物相に行けるのでしょうか??
そして8時にバスが出発するというので、7時40分くらいにロビーへ降りて、売店でミネラルウオーターと折りたたみ式の雨傘を購入したり、セキュリティボックスにドル以外の円やウォンとパスポートを預けたりしました。売店は雨模様のため、カッパや傘を買う人でごったがえしていました。
8時が近づくと、ロビーで出発を待つ観光客はどんどん増えてきました。ロビー脇のステージでは、まだ朝8時前だというのに、3人組の例のバンドが音楽を演奏していました。

朝からバンド演奏……ご苦労様です。ちなみに合羽姿のふとまきもいますね♪


窓から外を見ると、雪峰号宿泊の人たちがぞろぞろぞろぞろ金剛山観光に出発し始めていました。雪峰号は金剛山観光客を送り出したら、3泊4日の観光を終了した観光客を乗せて束草まで帰り、すぐに新たな3泊4日の観光客を乗せて、夜までに金剛山へ戻ってこなければなりません。雪峰号の宿泊者の行動が私たちホテル海金剛宿泊者よりも早いのは仕方のないところです。また、それらの光景を背広姿の若い北朝鮮男性が、脇の方から二人組でしっかりと見届けています。
8時5分前くらいに私たちはバスに乗り込みました。バスに乗るとすぐに私たちの担当の職員さんが、私たちのところへやって来ました。彼はまず私たち二人それぞれに紙を渡します。紙を見るとなんと今日(7月19日)一日の日程表と、万物相の手書きの地図です。説明もしっかりとした日本語で、誤字脱字もありません。また、紙は1枚が原紙で1枚がコピーでした。担当さんは、「お二人ですので、一枚コピーをして二枚お渡しします。私は万物相には行けません……日本語を話せる人が万物相には行きませんから、この紙を参考にしてください」。と言います。
それから、「これからバスに乗って温井閣まで行きます。温井閣でのりまきさん、ふとまきさんはバスを乗り換えます。ラー8のバスに乗って、万物相へ行ってください」。担当さんはそう続けます。「ありがとうございます!」万物相に行けることも嬉しかったですが、昨夜のうちに手書きの日程表と地図を用意してくれた担当さんに感謝です。ちなみに渡してくれた紙の末尾に担当さんの名前が書かれていました。担当さんは鄭(チョン)さんという名前でした。
バスは8時を少しまわった頃出発しました。ところで昨晩バスに乗るのが遅くなってしまった家族連れは、今朝は、いの一番にバスの先頭に乗り込んでおりました(^o^)。おかげで皆さんのバスに座る座席が、昨晩と較べて大きく変わってしまっています。
鄭さんは、バスの先頭にマイクを持って立ち、例によって色々説明を始めます。まず最初に、金剛山の海水浴場についての説明をしていたようです。バスが駐車場やガソリンスタンドやコンテナハウスがあるエリアに差し掛かった頃、海水浴場の近くに大きな看板があることに気づきました。どうやら北朝鮮の宣伝ではなく、韓国企業の宣伝看板らしいです。それからバスは前回も見えた単線の鉄道の脇を通りはじめました。線路の状態は前回とあまり変わっていません。路盤のところどころに雑草が生えていましたが、草ぼうぼうというわけではありません。この鉄道、時には使われているのでしょうか?そして今回は、単線線路の向こうに見える小高い丘に、大砲が何門か備え付けられていることに気づきました。大砲が備え付けられていることは、前回の旅行では気づきませんでした。ひょっとして前回旅行から今回までの約7ヶ月あまりの間に備え付けられたものかも知れません。ちなみに大砲の砲先は長箭湾の方角を向いていました。
雨が降る中、北朝鮮の皆さんは何処に向かっているのでしょうか……かなり多くの人が歩いています。傘をさしている人もいますが、さしていない人もいます。雨が降っている上に少し高い場所にはかなり濃い霧がかかり、少し遠いところの景色は良く見えません。前回の冬の時よりも、草木の緑が濃い今回の景色の方が景色全体としてほっとする印象です。
雨と霧に包まれ、岩峰の多い温井里の周囲の山の景色は、まるで水墨画のようです。雨の温井里そのものもなかなか渋くて素敵な光景なのですが、撮影が禁止されていますのでただ見るだけです(-_-;)。また、昨年も見た、温井里や温井閣を望む小高い場所にある、トラックに載せられた砲のようなものを、今回はかなりよく見ることが出来ました。どうやらトラックに連射式の砲が載せられているようです。砲の向きはトラックによって多少異なっていましたが、多くは温井里の方角を向いていました(-_-;)。
バスは温井閣に到着すると、少々休憩をします。昨年の時は天気が良かったので、多くの人たちが外に出て記念撮影をしていましたが、今回は雨が降っているので、ほとんどの人は写真など撮らず、トイレの少ない山中に備えてトイレに行ったり、簡単な食事を買うなど用件だけを済ましています。のりまき・ふとまきもトイレに行き、それから1ドル出してゆで卵3つを購入します。
私たちは先ほどの鄭さんの説明ではバスを変わらねばなりません。私たちが乗り換えて万物相登山口まで行くバス、“ラー8”はすぐに見つかりましたが、見つけたときにはまだ現代の社員の人が乗っておらず、ちょっと入りにくい感じです。ラー8号車の乗客の皆さんに、『私たちは万物相に行きますので、このバスに乗るように言われました』。と、韓国語で説明出来る自信はありません……バスのそばで少し待ってみたのですが、なかなか現代社員の人は現れません。そんな中、現代の女性職員が私たちに、『バスに乗りなさいよ〜〜』といった感じで手招きをします。雨が降っていて外で待つのもやっかいなので、思い切ってバスに入ってみます。
バスに乗ってみると、どうやらラー8号のバスの皆さんは、事前に私たちがバスに乗ってくることを聞いていたようです。特に驚いたふうでもなく、『席はここが空いているので、こっちまで来なさい』。といった感じで私たちを案内してくれます。そうしているうちに鄭さんがラー8号車に乗り込んで来て、私たちのところまで来て、「では、このバスで万物相にお出かけください」。とわざわざ挨拶に来てくれます。それからバスの乗客の皆さんにも私たちがバスに乗ることを説明してくれます。なかなかの気づかいさんであります(^o^)。
鄭さんがバスの皆さんに説明をしている時、ラー8号車担当の現代社員が姿を現します。その社員さんは若い男性職員で、やはり鄭さんと同じような説明を、バスの皆さんに改めてしていたようです。それから鄭さんは私たちに「では、また後で」。と言い、バスを降りていきます。
さて、8時半を少し廻った頃、バスは万物相登山口に向けて出発します。バスが出発するとまもなく、ラー8号車担当の職員さんは私たちのそばに来て、『よろしくお願いします。李といいます。私は鄭さんほど日本語上手くありません……観光証が雨にぬれて、書いてあることが読めなくなると困ります。だから観光証は私が後で預かります』。と、挨拶と用件を言いに来ました。
いきなり山中に入っていった九竜の滝コースとは違い、バスはまず金剛山温泉の方へ進んでいきます。そして温泉の目の前にある橋を渡らず、温井川に沿って進みだしました。そしてまもなく進行方向左側に、木立に隠れて瀟洒な保養所のような建物がいくつか見えてきました。新たに建物を造っている場所もあります。それからやはり進行方向左手に大きな建物が見えてきました。時々ニュースでも話題になる金剛山旅館です。金剛山旅館は雰囲気的に温井閣の隣にある金正淑保養所と似た感じの建物で、見かけは結構立派に見えますが、近くでみるとやはりかなりの年代物の建物で、もう少し古びると幽霊でも出そうな感じです。また、金剛山旅館はがらんとした感じで使われているのかいないのか……といった感じでしたが、玄関先にはベンツが2台、止まっていました。
金剛山旅館と道を隔てて反対側、つまり進行方向右側に、北朝鮮が作った金剛山温泉の建物がありました。写真などでは見たことがありましたが、思ったよりも大きな建物です。小さな銭湯くらいの大きさはあります。レトロな雰囲気も漂うなかなかいい感じの建物で、写真に撮れなかったのが残念です。北朝鮮側が作った金剛山温泉の建物の少し先には、温泉の源泉がありました。どうやら地下数十メートルのところから温泉をくみ上げているようです。源泉の感じは日本の温泉と大差ありませんでした。
金剛山旅館と温泉の建物を過ぎると、道は川を渡ります。川を渡ったところには警備の兵士が守っている建物がありました。いったいあの建物は何だったのでしょうか?そこを過ぎると、道はどんどん山の中に入っていきます。森の中、つづら折の道を登ったり、大きな岩がゴロゴロと転がっている渓谷を渡ったり……はっきり言って九竜の滝コースよりも道は険しいです。道幅も狭く、観光バスが登るにはかなり厳しい道だと思います。対向車がやって来たらきっと大ごとになったでしょう……ちなみに地図を見ると、行き止りである九竜の滝コースの道とは違い、万物相コースの道路は峠を越えて隣の郡まで通じている道路のようなのですが(注)……雨が降りしきる中、周囲の山々からは水があちこちで滝となって流れ下っていて、なかなか壮観な眺めです。若い現代社員のガイド、李さんは、いっしょうけんめい観光ガイドをしていたようですが、みんなの視線は必然的に外の景色に吸い寄せられています。
説明が一段落したところで、李さんは観光客の名前をひとりづつ読み上げて確認しながら、観光証を預かりはじめました。その頃には結構周囲の人が『韓国語は話せるのか?』とか、色々と私たちに話し掛けてきます。どうやらこの団体、かなり活気があるようで、あちらこちらで楽しげな話し声が絶えることがありません。
バスが登っていくにつれ、周囲の景色は壮観さを増します。霧の合間から時々姿を見せる急峻な山々……大岩の間を流れ下る豪快な急流……写真撮影が禁止されていることがとても残念な景色が続きます。そんな中、興が昂じたか、一人の女性がアカペラで歌を唄い出しました。彼女は朗々とした声で唄います。アカペラなのに音程の狂いを全く感じさせない、実に素晴らしい歌声です。唄っていたのは何の曲だかよくわかりませんでしたが、サビの部分で“クムガンサーン”と高唱していましたので金剛山の歌なのだと思います。
唄い終わるとみなやんやの喝采です!とにかくこのグループ、エネルギーに溢れています!
かなり山を登った頃、道の脇に電柱が立っていることに気づきました。この電柱、なんだか割り箸みたいな形をした2メートルくらいしかない小さなもので、恐ろしく貧弱に見えます。まあ、万物相への道のりは相当険しいので、電柱を立てるだけでも大変なことだとは思いますが……
バスには30分以上乗っていたと思います……ようやく駐車場に到着します。残念なことに雨は降り続いています。今回も万物相コース上のトイレは有料なので、皆争うようにトイレへと向かいます。出発前、バスのガイドの李さんは、のりまき・ふとまきに『これから出発します。午後の1時30分までに戻ってきてください』。と話します。さて、9時半すぎ、雨の中万物相コースに出発です……

(注)この道は万物相登山口の先で、“温井嶺”という峠を越え、金剛郡まで通じている。金剛郡内に内金剛がある。なお、この道路は日本植民地時代も整備が行われてきたが、結局温井嶺近くの険しい部分が完成せず、朝鮮戦争時、軍事上の必要に迫られて北朝鮮が突貫工事で開通させたようだ。そのことを記念して、温井嶺を『英雄峠』と呼ぶこともあるそうだ。
《参考文献・朝鮮観光案内・1992年:朝鮮新報社出版事業部刊行朝鮮金剛山昭和10(1935)年:朝鮮総督府鉄道局刊金剛山・昭和15(1940)年:財團法人金剛山協會刊




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