金剛山で働く



三日浦で韓国からの観光客相手に説明をする北朝鮮のガイド
ピンクのマフラーがなかなか素敵ですね〜



金剛山では、今、多くの韓国・北朝鮮の人たちが共に働いています。
このコーナーではのりまきと知人のSさんが、関係者から直接聞くことが出来た
北朝鮮の金剛山で働いている体験談などを紹介していきたいと思います。
北朝鮮の人たちからお話を聞くのは難しいのですが、いつかチャレンジしたいです。

(2005・12・13 作成)


 まず始めに、金剛山での韓国側・北朝鮮側の働く体制がどうなっているのかを紹介したいと思います。
 本当に金剛山観光の運営体制そのものからして外部から見ると実に不可思議な点が多く、その事自体が金剛山観光に代表される韓国と北朝鮮との南北共同事業の不思議さに通じているように思います。
私もよく確認しているわけではないのですが、大体以下に紹介する状況のようです。

建て前は民民交流事業

 金剛山観光事業は一応建て前上、民間同士の交流事業とされています。そんな話を聞くと皆さん強い疑問を持たれる筈です。そもそも北朝鮮に民間なんてあるのか?と、
 結論から言うと全くその通りです。民間同士の交流とはいいながら、金剛山観光の北朝鮮側の言動は政府の完全コントロール下に置かれていますし、韓国側も政府の強力な援助そして干渉を受けています。この現状は金剛山観光をひどく歪んだ形のものにしており、あちこちでその歪みが噴出し続けています。

事業の体制(韓国側)

 まず韓国側の体制はまだ比較的わかりやすいです。韓国側の中核は『現代峨山株式会社』です。現代峨山は韓国側からの金剛山観光開始直後の1999年1月に発足した、韓国の現代財閥の対北朝鮮観光専門会社です。
 現代峨山は金剛山観光の北朝鮮側窓口となって様々な交渉を行なうとともに、ホテルなどの観光施設の建設・運営に携わっています。また現在建設中の南北を繋ぐ鉄道・道路の工事なども現代峨山の職員が韓国側の指揮を取っているようです。金剛山には現代峨山の職員が常駐しており、日常、北朝鮮側と共同で様々な仕事をこなしているのです。
 金剛山で働いているのはその他、金剛山に進出している企業職員がいます。例えば金剛山にはコンビニがありますが、コンビニ職員などがそうです。また金剛山の韓国側観光ガイドも現代峨山の職員ではなく派遣会社の社員が行なっています。
 最近、とても変わった人物が金剛山で仕事を始めました。僧侶です。現在かつての金剛山四大寺のひとつ、神渓寺は韓国側と北朝鮮側が共同で再建工事が進められており(注1)、第一期の工事が終了した後、韓国側から僧侶が単身赴任を始めています。神渓寺は金剛山観光施設がある温井里近辺から山一つ隔てた場所にあり、周囲に人家らしきものは無く、まさに究極の“単身赴任”状態です!そんな場所にわざわざ単身赴任しているお坊さんはいったいどんな人物か知りたいところですが、なんでもアメリカの超有名大学を卒業した人物なのだとか……そんな超エリートが北朝鮮金剛山の人里離れた山の中で単身赴任とは!人生とはわからぬものです。

再建工事中の神渓寺。周囲には何も無い……

 あと韓国側職員で忘れてはならないのが、店員や観光バス運転手として勤務している中国朝鮮族の人たちです。皆さん北朝鮮の北側にある中国吉林省あたりから金剛山へ仕事にやってきています。
 あ、見落としてしまうところでした……ホテル海金剛入り口でバンド演奏をしているフィリピン人バンドがあります。彼らもフィリピンから遠路はるばる金剛山へ出稼ぎに来ているのです。

 現代峨山以外の金剛山で働く人々も、事業の中核を担っている現代峨山の指揮下にあることはいうまでもありませんが、先にも紹介したように、現代峨山も韓国政府(直接的には統一部)の強い影響下にあります。実際、赤字が続いてきた金剛山観光事業は現在、韓国観光公社が共同参画しており、その他様々な“支援”がこれまで韓国政府から投入されています。韓国と北朝鮮との和解を象徴する金剛山観光事業は、韓国政府としても中止させるわけにはいかない事業なので、現代峨山と北朝鮮側との関係が緊張すると韓国政府は必ず仲介に入ります。
 その反面、金剛山観光事業は韓国政府から強い干渉を受けています。その象徴が金大中政権末期を大きく揺るがせた対北朝鮮秘密送金事件です。これは韓国政府から5億ドル(約600億円)もの秘密支援が、2001年の南北首脳会談直前に現代グループの手を経て北朝鮮に渡されたという事件です。北朝鮮側との太いパイプを持つ現代グループを通して秘密の支援が行なわれ、現代グループが韓国政府に上手く利用されたことになります。
 もちろん現代グループも、北朝鮮側との強い絆である金剛山観光を中止させられない韓国政府の立場を上手く利用しているというのも事実で、韓国政府と現代グループは対北朝鮮事業に関しては持ちつ持たれつというのが現状です。

事業の体制(北朝鮮側)

 北朝鮮側の体制はわかりにくい(というより見えにくい)です。これからのりまきがこれまで入手している情報をもとに説明してみましょう。韓国の現代峨山に当たる北朝鮮側の組織は『金剛山観光総会社』といいます。
 金剛山で働く北朝鮮の人々を挙げてみると、(1)金剛山ホテルで働く北朝鮮側従業員、木蘭館・丹楓館・金剛苑で働く従業員…注2、(2)観光ルートに立っている環境保護巡視員や観光ガイド、(3)玉流館金剛山支店の職員…注3、(4)平壌モランボンサーカス団員、(5)鉄道・道路の工事現場の作業員……などが挙げられます。同じレストランでも平壌に本店がある玉流館と、金剛山ホテルに所属する木蘭館・丹楓館・金剛苑は別組織だとのことで、これらの組織をまとめているのが『金剛山観光総会社』で、韓国側との現地金剛山での窓口の役割も担っているのです。
 ところで金剛山で働く北朝鮮側職員の給料は、韓国側が支払っています。しかし給料は金剛山観光総会社を通して支払われることになっているので、実際に北朝鮮側職員にいくらの給料が支払われているのか、韓国側は全く知ることが出来ません。
 ちなみに金剛山で働いている北朝鮮側の職員としては、その他出入国管理事務所の職員や、観光客らの監視に当たっている(注4)朝鮮人民軍兵士がいますが、金剛山観光総会社は彼らの統制まで行なっているとは思われません。

 金剛山観光総会社の上部組織が『朝鮮アジア太平洋平和委員会』です。朝鮮アジア太平洋平和委員会は金正日の側近中の側近と言われた故金容淳が長らく委員長を務めており、金正日に近い組織と見られています。現代峨山との重要な交渉事はこの朝鮮アジア太平洋平和委員会が窓口になるのが常で、金剛山観光事業は韓国側が政府の強い影響下にあるのに対し、北朝鮮側はまさに政府(というより金正日本人と思われる……)直結事業となるわけです。
 金剛山観光事業は北朝鮮にとって数少ない現金収入が得られるまさに“打出の小槌”で、金正日のコントロール下に置きたいというのも当然なのです。


注1・金剛山にあった四つの大きな寺、外金剛の楡岾寺・神渓寺と内金剛の長安寺・表訓寺の総称。ともに新羅時代建立と伝えられる由緒ある古刹であったが、朝鮮戦争の結果、一部が焼け残った表訓寺以外は全焼してしまった。

注2・九竜淵コース入り口にある木蘭館も三日浦にある丹楓館も、もともと金剛山ホテルのレストラン支店の扱いであった。同じ北朝鮮の会社が経営を担当していてもおかしくはない。

注3・玉流館は平壌一と言われる冷麺の名店である。古くから平壌は冷麺の本場といわれており、いわば玉流館は本場最高の店ということになる。

注4・北朝鮮の兵士は、金剛山の観光道路やホテルの脇などに赤い旗を持って立っている。何かあったら赤い旗を挙げて合図をするのだ。観光客の様子を監視していると言われているが、実は北朝鮮の住民が観光施設内に逃げ込んだりしないように見張っている役割もあるのではないか?兵士たちの多くはまだ十代と思われる若い兵士で、時々好奇心を抑えきれないかのように観光客の泊まるホテルの方をちらちら見ていたりする。




女性初の金剛山単身赴任(現代峨山職員の李さんから伺った話)

 現代峨山職員の李さん、年の頃は20代半ばくらい。現代峨山で女性で初めて金剛山に単身赴任をしたという彼女は、目がぱっちりした美人で、お話もわかりやすくかつ興味深い内容ばかりでした。


25日連続、毎日15時間以上の勤務。でも給料は2倍近く!!

「金剛山にはいつ頃単身赴任されていたのですか?」。

「2004年6月から2005年6月までです」。

「金剛山の単身赴任とは大変そうですね?」

「はい!土日も関係なく、休み無く25日間連続で働いて、一ヶ月に5日間だけまとめてお休みが貰えるのですよ」。

「25日連続して仕事!わあ!!」

「もっとも給料は韓国で仕事している1.78倍貰えるのです。お金が欲しい人は積極的に金剛山へ行きますね(笑)。わが社の社員は、一度は金剛山の現地に単身赴任する風潮があるのですよ。やっぱり北朝鮮と仕事をしていくのに、現地で積んだ経験が日常の仕事をしていく中で大きな役に立ちます。北の人の考え方もわかるようになりますし」。

「毎日、金剛山ではどんな感じで仕事をされていたのですか?」

「大変ですよ〜毎朝、まず職員間のミーティングがあるのですが、ミーティングは朝の7時15分から始まりますから、それに合わせて宿舎(注1)を出ます。私たち現代峨山の職員は業務ごとにチーム分けされています。チームに車は一台と決まっていて、宿舎からチームごとにまとまって仕事場の温井閣に向かうのです。私は企画担当のチームに所属していたので、企画担当の車に乗って温井閣に毎朝向かっていました」。
「朝の7時50分頃になると観光客の皆さんが温井閣に集まってきます。そして一日の観光を終えて観光客の皆さんが温井閣から宿泊場所に戻られるのは夜の9時半から10時になってしまうので、仕事が終わるのはもう夜の10時頃になってしまいますね」。

「それじゃあお金も貯まるでしょう!」

「はい(笑)。だいたい金剛山ではお酒を飲むくらいしかお金を使いませんから!」


車の運転に驚かれ、道路は一時停止・Uターン禁止

「一年も北朝鮮の金剛山にいたら色々と面白い経験もされたでしょう?」

「はい(笑)。まず私が車の運転をしていたら北朝鮮の皆さん、本当に驚かれましたね〜〜」

「驚いたのですか?」

「はい、最初の頃はいったい何が起きたのか!という顔で見られましたよ。北朝鮮は昔のように男女の役割分担は固定されたままで、車の運転は男性の仕事なのです。そんな中で女が車の運転をしたのですから、とにかく驚いていました。皆の視線は非難とか抗議というよりも、好奇の眼差しでしたね。でも、しばらく経つ頃には北朝鮮の皆さんも慣れたようですが」。

「運転するだけで驚かれたのですか?」

「はい、運転がらみでは他にも面白い話があります。宿舎から温井閣に向かう道路では、Uターンも一時停車も禁止なのです。いったん宿舎から温井閣に向かいだしたら停まることなく温井閣に行かねばならないのです」。

「停まれないのですか?」

「そうです。宿舎に忘れ物なんかしようものならもう大変です!いったん温井閣まで行ってから、改めて宿舎に引き返さなければならないのです」。

「えーっ!!」

「停まることが許されるのは事故か故障の時だけですね(笑)。どうしてこんなことになったのかというと、宿舎から温井閣までの間には北朝鮮の皆さんが暮らす村があるでしょう。Uターンしたり一時停止をしたら車窓から村の様子がよく見えてしまうので、それをいやがったようなのですよ」。

「道路については他にも面白い話があります。温井閣から金剛山ホテルまでは、最初車で移動しなければなりませんでした。車に乗って移動すると30メートルおきくらいに検問があったのですよ。温井里から金剛山ホテルに着くまでに3〜4回は北朝鮮の兵士から検問を受けましたね。さすがに今はなくなりましたけれど」。


北朝鮮側とのミーティングの実態

「北朝鮮の人たちとも一緒に仕事をするのですよね」。

「はい、例えば金剛山ホテルでは、総支配人など管理部門に10人くらいの韓国人が働いているだけで、あとのホテル職員は全て北朝鮮の人です」。

「金剛山に旅行した人の多くが疑問を持っていることなのですが、金剛山で働く北朝鮮職員には美男美女が多いと思うのですが、やっぱり選んでいるのでしょうか?」

「北朝鮮側には“金剛山観光総会社”という会社があって、その下にサービス・建設など色々な会社があります。金剛山で働く北朝鮮の人は、その会社ごとに募集をかけて集めています。選考基準までは正直わからないです」。

「きっとみんな全国から集められているのでしょうね?」

「それはないようですよ。例えば金剛山ホテルや金剛苑・木蘭館・丹楓館は奉仕総会社(注2)という会社が担当しているのですが、奉仕総会社の職員は金剛山や元山とか比較的近くから来ています。高城港刺身店(注3)には少し平壌から来ている職員がいます。そして平壌に本店がある玉流館の職員は平壌から来ています」。

「韓国側の職員と北朝鮮の職員は一緒に働くにあたって、どのように意志を通じ合わせているのですか?」

「韓国側と北朝鮮側とでミーティングをするのです。まず責任者クラスが毎日ミーティングをやっています。あと各部門でもそれぞれミーティングをします。日常仕事を共にしている金剛山ホテルなどでは毎日やりますし、南北の接触があまり多くない部署では毎日行なわないこともあります。」。

「責任者クラスのミーティングって、どのような人が出席して何を話し合うのですか?」

「出席者は、普段は北朝鮮の総会社からは課長クラスの人が約3名、そして現代峨山からは金剛山事務所の所長や各チーム長などやはりだいたい3名くらいです。話し合いでは、翌日の予定についての打ち合わせやその他様々なことが話し合われます。例えば温井閣にかける宣伝の横断幕の字体まで話し合い、北朝鮮側の許可を貰うのですよ。横断幕に“大韓”とか“韓国”といった文字がご法度なのはいうまでもありません」。

「李さんも責任者ミーティングに出たことはありますか?」

「企画担当として出たことがありますよ。重要な問題を話し合う時は普段のメンバーに加えて関係者も出席するようになっています」。

「ミーティングはいつ、どこで行なうのですか?」

「現代峨山の事務所で月曜から土曜日は午後の3時からやります。日曜のみは午前11時からです。これは北朝鮮の職員からの“日曜くらい休みを取りたい!”という要望でそうしているのですけれど(笑)」。

「ミーティングを北朝鮮側でやることはないのですか?」

「ありません。金剛山観光総会社の事務所は温井里にあるのですが、私たちは行くことが出来ません。私たちも観光客の皆さんと同じように、金剛山を自由に歩き回ることは出来ないのです」。

「ミーティングで苦労することもあったでしょう?」

「はい。ひとつ例を挙げると、韓国のある化粧品会社が金剛山ホテルで化粧品の無料配布と化粧のやり方の実演をするというイベントを企画したのです」。

「よくデパートなんかでやるやつですね」。

「はい、そうですね。この企画を韓国側から北朝鮮側に提案したところ、ダメだということで許可が下りませんでした」。

「どうしてですか?韓国の化粧品を無料配布するのが気に入らなかったのでしょうか?」

「いえ、化粧の方法を“教える”ということが北朝鮮側は気に入らなかったのですよ。教えてもらわなくとも化粧の仕方は知っている!ということなのです。化粧のやり方の実演をイベントとして行なうことを北朝鮮側に理解してもらえなかったのです」。


夢のない北朝鮮社会

「北朝鮮の人たちと一緒に仕事をしていても、お酒を一緒に飲むことなんか出来ないでしょうね」。

「いいえ、金剛山の登山道を監視している環境保護巡視員(注4)と、仕事が暇な時なんか一緒にお酒を飲んだりタバコを吸ったりすることがありますよ」。

「へえ〜!あの山道に二人組みで立っている人たちとですか?」

「はい、でもだいたい男の人が中心で、女の人が加わることは少ないですね。とにかく北の酒もタバコも強くて、北朝鮮の人は本当にお酒が強い!!」

「酒の席でいったい何を話すのですか?」

「いろんな話をしますよ〜〜お互い冗談を言ったりもします。皆、思った以上に韓国のことを知っていて、韓国の政治の話や流行の話をすることも多いですね」。

「何か話していて南北間の壁のようなものは感じませんか?」

「ありますね。話していて何か隠していることがあるという感じはあります。例えばこちらが『これから何になりたいですか?』とか、『あなたの夢は何ですか?』と聞いてみても答えが返ってこないのです。逆に『あなたはどうなのですか?』と聞き返されたり、『なんでそんなことを聞くのか!』と言われてしまいます。北朝鮮の人たちには『自分は将来このようになりたい』となどという、夢を持つこと自体ないようなのです」。


変わっていくこと、変わらないこと

「本当、大変そうなお仕事ですが、北朝鮮に変化はあるのでしょうか?」

「ありますよ!さきほどお話した温井里から金剛山ホテルまでの検問は、まずチェックが少なくなり、次にチェックなしに車で通れるようになって、今では歩いても行けるようになりました。金剛山の観光でも、例えば前は観光場所に行くのも帰るのも、皆、一緒に行動しなければいけなかったのが、帰りは何回か分けてシャトルバスを運行する形になりました。そういう変化は何度もミーティングの席で説得を重ねていく中で、北朝鮮側の態度が変わっていったのです」。
「金剛山で私たちが北朝鮮の人と接していくうちに、以前はこちらの様子を伺いながら話をしていたのが、だんだんと自然な雰囲気で話ができるようになってきました。また、かつてはなんでも文章でのやりとりが必要だったのが、今では多くのことが口頭で済むようになりました。もちろん北朝鮮側との交渉は、辛くて苦しいことが多かったですし、これからも色々なことがあるでしょう。北には北の思想や考え方があって、多くの点で平行線が続いています、しかしいつかは平行線が一致する日が来ると思います」。

「確かに金剛山に何度も行ってみると、行くたびに変化をしていることがわかりますが、変わらない面もありますね」。

「はい、北朝鮮側が一番いやがっているのが、そのままの北朝鮮の姿を見せることです。この点は全然変わっていません。先ほども話したように、観光客ばかりか我々も住民の近くまで行くことが難しいのです。例えば温井里近くにある農場(注5)ですが、行くまでに村のそばを通らなければならないということで、ほとんど行かせてもらえなくなりました。以前は結構行けたのですが……」


温井里近くの農場、韓国の技術援助のもと、金剛山観光客が食べる野菜を栽培している。

浦島太郎状態、大変だけれどもやりがいある仕事

「最後になりますが、仕事をやっていて一番嬉しかったことと大変だったことを」。

「家族から離れて、毎日が仕事の連続で疲れましたね……あと金剛山はインターネット禁止なのですよ。家族や友人との連絡は電話になるのですが、国際電話になるので高くついてしまいます」。

「インターネット禁止だと情報が手に入らなくて大変ですね」。

「はい。本当に世の中の流れに取り残されてしまいそうで……金剛山に長くは単身赴任できないと思いました」。

「仕事自体はどうでした?」

「一番嬉しかったのは、金剛山ホテルが去年(2004年)の7月にオープンしたことです。準備が大変でしたが無事オープンして、観光客の皆さんがたくさん来てくれるようになったことがとても嬉しかったです」。
「さっきも話したように、確かに北朝鮮側との話し合いは大変でした。私は企画担当だったのでまだ良かったのですが、観光担当は意見の衝突が多くて本当につらそうでした。北朝鮮側から『出来ないといったら出来ない!!』と言われることがしょっちゅうですから。あと、観光客の皆さんの苦情を説得するもの大変な仕事です。金剛山観光には制限が多いでしょう。多くの人が不満を感じていて、苦情も多いのですよ」。



注1・高城湾に面した場所にある、コンテナを改造した宿舎。コンテナハウスの一部は観光客が宿泊するために再改造され、『金剛ビレッジ』となっている。

注2・北朝鮮における奉仕という言葉はサービスという意味に近いようだ。ちなみに金剛山ホテルのエレベーターガールに話を聞いた際も、「私は学校で奉仕を学びました」と話していた。つまり学校でサービス業について学んでいたのだろう。奉仕総会社のメンバーは他の人から聞いた話でも金剛山の近くで採用されているとのことで、信憑性はありそうだ。

注3・ホテル海金剛や職員宿舎・金剛ビレッジなどがある高城湾沿いにあるレストラン。面白いことに英語での紹介文では『Japanese Sushi restaurant』となっている。実際は金剛山界隈の海で獲れた魚を、刺身などにして食べさせてくれるお店のようだ。

注4・金剛山のハイキングコースの要所要所に、多くの場合男女ペアになって立っている。(男性二名、女性二名のペアもある)。女性は多くの場合美人であり、『顔で選んでいる!』との指摘が多い(笑)。でも、観光客の動向にはしっかり目を光らせていますよ。

注5・金剛山観光客の消費する野菜・果物などは金剛山にある農場で栽培されたものを使っている。農場は韓国の技術を導入し、北朝鮮側は労力を提供する形で運営されている。もともとは高城の町はずれにある農場しかなかったが、温井里近くに第二の農場がオープンした。私たちは2004年12月31日に第二農場に行くことが出来たが、北朝鮮側の職員から農場が一ヶ所だとその農場で何らかの事故(作物の病気の流行とか)があった場合、生産がストップしてしまうために、新たに第二農場を作ったとの説明を受けた。第二農場は温井里の近くであるが、金剛山観光客を外界から遮断している金網の向こうにあり、確かに雰囲気が違ったのが印象的だった。





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