のりまき観察日記特別編 金剛山陸路観光編


九竜淵の頂上 今回の防寒はばっちり


6、わくわくどきどき金剛山陸路観光A(2004.3.24記)

12月2日(火)
緊張のDMZを越えたのりふと。ナマの北の軍人さんを間近で見たのは迫力ものだった。特にバスに乗り込んで客を見回す行為は迫力満点。そんなときはバスの中も緊張感が漂っていた。入国審査時はまあ無事に終えたが荷物検査では2人がひっかかり、中身を見せるように言われた。のりまきのこんなときの慌てぶりはおかしい。本人は落ち着いているように見せているが、あたふたしている。そんなこんなで無事に入国した。

ふとまきは3回目の金剛山観光で、旅行中に移動する範囲内の敷地に新しい建物が出来ていたり、スキー場らしきものの工事をしていたりと、移り行く景色に驚いていた。
北朝鮮をとりまく周囲の国々や日本の国民の反応が冷ややかだと感じていたし、「こんな緊張した雰囲気の中に北朝鮮に出かけるなんて・・・。」などと言われながらの旅行だったのだが、その割には、金剛山観光そのものはむしろだんだんとソフトなイメージがしたし、北朝鮮の人が直接接客してくれる金剛苑も出来ていた。また九竜淵や三日浦などの観光スポットにも売店が出来たり北の人とのふれあいの場も増えていたし、入国審査の雰囲気や荷物点検なども和らいでいたように思えた。

そんな風に変わり行く金剛山観光にふけっているふとまきであったからか、到着後の数時間においてのりまきの観察日記に特記することは少ない。

ただ、のりまきは、温井里にいる時に色々旅行の日程について聞きたいこととかあっても自分から聞こうとせずに、もじもじしていることが多かったことは書いておく。
サーカスを見ようと皆が流れている時も、もじもじしていて結局ふとまきが
「とにかく誰かに聞いてみようよ」と聞いたのであった。もじもじしているならともかく、ある瞬間を境に突如『きれる』ので、今回に例えると
「あ〜ん、もういいです。もうサーカスはやめにしましょう!!」
などと言い出すのである。言ったからといって本当に見るのを止めると、今度は冷静になった時に後悔するのは明らかなので、『きれる』前にふとまきが聞くのである。
そして、迷った(3回目だし、前回は演技に迫力がなく少々がっかりしたので)挙句、行く事にした。しかし、行ってみるとBBCの撮影を見ることが出来たし、その為かはわからないが、観客の席の後ろにバッチをつけた北の人が数名立ってサーカスを見ていた場面などを目にすることが出来ると
「やっぱり来てよかったですね〜。貴重なものまで見られたような気がします。」
などと喜んでいるのであった。

あとは、今回初の金剛ビレッジ泊。あたりをうろうろ色々なところを見て廻っていたということもあったが、それはいつものことである。

体調の方はまずまず。今までヘビーなものを食べずに我慢していたことと、夜はゆっくり寝ていたことから回復傾向にあった。
それでも今晩もキムチや肉は食べなかった。明日は金剛苑。美味しく食べられるだろうか。

12月3日(水)
本日は九竜淵へ行く日である。その後も三日浦や金剛苑があるので、ゆっくりと寝て体力を消耗しないようにとふとまきがすやすやと寝ていると、かなり早い時間にばたんばたんとドアの開閉の音がする。部屋の中を行ったりきたり、どうやらのりまき眠れないようである。様子を伺うとベッドに入り、寝ようとする様子は伺えるが息が荒い・・・。寝息とは明らかにちがう。
興奮しているな〜。
いつもののりまきは本当に良く眠り、ふとまきが寝付けない時にでもすやすやと寝ているし、休みの日にも
「休みの日には寝ないと」
とわけのわからない理由でどこにも行かない日は午前と午後に必ず昼寝をする。いつでも寝られる、というようなのりまきが・・・・・。外は当然まだ暗い時間である。
まあ、あれだけ来たかった金剛山である。興奮するのも仕方がないか。
「のりまき、眠れないの〜?」
としばらくして聞いてみる。
「うん。ちょっとね。嬉しくて眠れなくなっちゃいました。」
と、やけに素直な返事である。金剛山に来ると気持ちも素直になるようである。

それでもふとまきはうとうととし、朝食の時間になった。
まあ、そんな感じで早起きだったので朝食も一番乗り。そんなわけで他の客がぞろぞろ出てくる頃にはもう食べ終わる感じだった。
すると、当然出発までの時間もあるわけで・・・。日も上りカメラを持参し、うろうろと徘徊するのりまき。
部屋に戻ってきては
「ふとまき〜、すごいですよ〜。天気がいいので山がきれいに見えますよ」
などと報告するのである。
「じゃあ、こんどはあっち側見てきます」
とまた出かける。
そして、また報告に来るのであった。

ふとまきは、と言えば防寒支度を整えていた。
初めて金剛山に来た時もこの時期であったが、金剛山の寒さを甘く見ていたため、寒くてかなり辛かった。下はジーパン一枚だったために痺れがくるほどだったのだ。さらに寒い上にのりまきがあちこちで撮影をするもんだからいつも列の最後尾。歩調もゆっくりだわよく止まるわで体の暖まる時間がなかった。その教訓は今回生かそうと今回の準備は万端にした。まず、毛糸の帽子。手袋。マフラー。そしてかっぱ。ズボンには下に厚手のタイツをはき靴下もふつうの靴下の上に登山用の厚いものをはいた。のりまきにも帽子、手袋、タイツを勧める。更にホッカイロも持った。

いざ出発。

山が近づくにつれ、のりまきの興奮が高まる。
「いや〜、やっぱりいいですね。金剛山は〜」
などと言うのである。今回は先日ソウルで金さんに桜がまだあると聞いたので、桜の木も探している。知っていたからか出発後桜並木がみつかった。
「桜が咲く頃にも来て見たいですね〜。きれいだろうな〜」
などと恐ろしいこともいっている。
そうこうして九竜淵の駐車場に到着しバスを降り、帰りの時間を確認すると今回はフリーであった。
「今回は、風景を楽しみます。写真はもう1回目と2回目で十分撮ってありますから、あんまり撮りません。撮るのは岩に書いた文字くらいです。他は撮らないようにしたいと思います・・・。」
と独り言のように言いながら、歩き始める。
のりまき何故か元気である。11月に丹沢の登山に行ったときとは大違いである。ふとまきのほうがのりまきのペースについていけない。
「のりまき、やけに元気じゃん。この間の丹沢の時と同じ人とは思えませんね」
と言うと
「金剛山に来たんですからね。嬉しくって。あとはね〜。靴。丹沢の時の靴はやっぱり僕には合わないんですね。今日これで登って見てわかりました。いつの日か世尊峰にも登るんだから今度は別の靴を買わないとナ〜」
靴のせいにしている。それに世尊峰〜?登る気なんだ。あの丹沢で履いた靴はかなり高くて、高いならまだしも買ったときには
「あれこれ履いてみてようやく僕の足に合うものがあったんですよ。だから少々高かったけど買っちゃいました。」
って言ってなかったっけ?
そして、のりまきに比べれば足取りの重いふとまきに
「ふとまきはどうしたんですか?お腹の調子でも悪いんですか?」
・・・・・。

しばらく行くとカメラを構えるのりまき
「あれれ、今回あんまり撮らないんじゃないんでしたっけ?」
と言うと
「今までのようには撮らないですよ。」
と。
そうこうしているうちにどういうわけかまた列の最後尾に近くなってしまった。
「初めに登った時には知識がなかったじゃないですか。今は色々本も読んでるからね。あ〜、ふとまきほら、見てあの谷間。あそこの木の下に洞穴みたいのあるでしょ?あれ、鉱山かもしれませんよ〜。」
「あれ〜?穴?そうなの?へぇ〜?ふ〜ん。」
「本に書いてあった場所と一致していますから。」
こんな調子である。写真はとらずしても時間はかかる。
しかし、今回の防寒は完璧。多少のろくともカメラを構えても大丈夫なのであった。

今回は前にも書いたが金剛ビレッジ泊ということもあってか、子供連れの人が同じバスの中にたくさんおられ、「イルボンサラン」とガイドさんが紹介してくれたこともあり、なんとなくいつも注目を浴びているような感じだった(バスの中で日本人である事をみなの前で紹介されたのは今回が初めてだった)。興味の対象になっていた、と言った感じであろうか。登山の途中もこちらを見てニコニコしていたり、お菓子をくれたりした。
そうこうすると頂上につく。頂上の少し前から急に崖のように急な登りになり階段がついている。のりまき、ここまでくると先に先にはやく行きたいようだ。言わなくても
「僕、先に言っていますね。ふとまきは無理せずゆっくり来て下さいな。」
とかいいながら先に登り、上のほうから
「ふとまき〜頑張って〜。あともう少しですよ。頂上は最高です!」
などと叫んでいるのであった。
九竜淵の頂上につくと感激もひとしおである。こういう時には一緒に登った人たちがみんな仲間に思えてくる。それまでは遠慮がちだった子どもたちや、その家族の人も
「2人の写真、写してあげますよ。」
という様なジェスチャーをしてくれる。ありがたく写してもらう。そんな交流も出来、また思い思いに下山した。
下山も軽やか。のりまきは本当何度も何度も
「いいですね〜。やっぱり金剛山はいいな〜。」
を連呼していた。

今回は写真を見ても確かに1,2回目に比べて枚数が少ないが、下山も集団のかなり後半。気がつくといつも現代の社員さんに「急いでください」と催促されているようだった。
そんな中でも
行きは混んでいて飲めなかった参鹿水(サムロクス)という沢の水を飲む。それも先に歩いていたのりまきが先に飲んで
「ふとまきさま〜。これ1回飲むと10歳若返る水です。ささ、お飲みください。」
とひしゃくに水を汲んで来る。若返りの水を2人で飲んだことになるが・・・・・。

そうして下山。
今回九竜淵の上り口に今回出来た北朝鮮の人が運営するレストランへ。
お腹の調子は完全とはいいがたいが、空腹感なるものも出てきはじめた。回復の兆し。もう普通に食べたいものを食べても大丈夫だろう。

左が今回。右は1回目の時に撮影したもので窓にはカーテンが。

いざ、レストランに戻ってみると、かなり混雑していた。
北朝鮮の人は連日来るこの人をどんなふうに感じながら働いているのだろうか。
そんなことを考えながら、
また、料理の味はどんなんだろう、とも考えながら列の最後尾らしきところに並ぶ。少し並んでいると食事の出来る部屋は3つくらいありそうなことがわかり、更に出入り口も部屋ごとだということがわかってくる。ふとまきは謙虚なので、それでも列に並んでいた方が良いと考えたのだが、目ざといのりまきは
「あ、あそこがあいている。ふとまき行きましょう。」
と言う。
「え〜?並んでいる人もいるし、いいの〜?」
「だって、ほら、あの人たちだって行ってるよ。早くしないとバスの時間だってあるんだ。」
などと自分勝手なことを言っている。バスの時間なら皆同じじゃないか・・・。
そうこう言いながらものりまきに従い、目的の部屋に入ると間もなく席に案内してくれた。しかし、混んでいる。今回何人食事したかはわからないが、短い時間の客である。厨房もごったがえしている。ふとまきたちの座った席は大テーブルだったが、前の人の食器がまだテーブルにあった。それがかなり長い時間そのままであり、このレストランのパニックぶりがよくわかった。バッチをつけたウエイトレスも目がつりあがっているような感じで働いていた(きつい顔というのではなく、忙しくて忙しくて・・・そんな顔になってしまっている、という感じ)。北朝鮮にはこんな短時間でこんなに繁盛するレストランってあるのかな?ふとまきはそんなことを考えていた。厨房の中はどうなっているんだろう。1回目、2回目に未使用だったレストランだ。使い勝手は良いのだろうか。食器洗い機だってないのだろう?。箸も使い捨てではない。毎回洗っているんだろうか。爪楊枝だってお手製品だ。
のりまきはあっちきょろきょろ、こっちきょろきょろ、落ち着き無く、しかし、いつも食堂や喫茶店に入って手持ちぶたさ故、必ず手にする新聞や雑誌はここには置いてないし、狭い割りに人はぎっしりなので動き回ることは出来ない。しかたなくきょろきょろするのみである。

のりまきは冷麺を。ふとまきはピビンバを注文。
付け合せも含めとても美味しい料理だった。
ふとまきはお腹の調子が良ければきび入りとかいうどぶろくも飲んだところだが、今回は断念した。

帰りのバスものりまきははしゃいでいる。金剛山も良し、料理も良し、で更に上機嫌。
温井里につくとすぐに三日浦へ出発である。

三日浦へは1回目2回目と同じ道を通過するのであれば、金剛山の駅の近くを通る為、鉄道の状況がわかるとのりまきは楽しみにしていたようだ。その駅というのは   に行事のあったことろだったし、目で見ておきたかったのだろう。バスに乗り、その駅のほうには向かわずに、今回金剛山陸路で使用した道を戻り始めた
「え〜?こっちなの?」
がっくりするのりまき。
「なんでよ。いつもと同じ道で行くのかと思ってたよ。駅の近くも通るし、鉄道の工事の状況も見えると思って楽しみにしていたのに・・・。陸路にしたらそっちの道を使うわけね。あ〜、がっくり。」
しょげている。メモの用意しても出発だったのだから残念であっただろう。

途中まで金剛山陸路観光で韓国から来た道を戻り、左折で三日浦の方へ向かった。
今回は、何度も書くがビレッジ泊で、その人たちが同じバスだったので子連れが多かった。その子どもたちはバスのなかから見える北の人々に手を振っている。子どもが手を振ると無邪気な感じがするのが不思議だが、北の人も手を振りかえしたりしていた。
ふとまきもちょっと恥ずかしかったが、1人じゃないので手をふってみる。やってみるとなんだか気持ちが良かった。
のりまきにもやるように強要したが、
「僕はいいです。」
と断られた。

三日浦でも今まで使っていなかった1、2回目はさびれた建物と思っていたところが売店と化している。あと変わったものは、湖の中に今回から多く見た不思議なオブジェがあったこと。途中湖の上を渡るつり橋もきれいになっていた。

左が今回。右は1回目。

観光のコースは時間もない為かカットされているところもあった。早く、早くと催促され駐車場へ。
あっという間に温井里へ戻ったのであった。

こちらも左が今回。右は1回目角度が違うが同じ建物。

さあ、私達が待ちに待っていた金剛苑での夕食。
行く人がバスに乗り換えて金剛苑へ。BBCの人たちもバスに向かってやってくる。
これはチャンス、とばかりにそばに座るのりふと。のりまきはせっかくのチャンスなのにまたもじもじしている。
「ふとまきが近くに座ればいいじゃありませんか。僕はこっちでいいです。」
などと遠慮している。ふとまきは英語力もさっぱりだが、度胸だけで近くに座る。
バスに乗る前にBBCの人を案内していた現代の社員の人にはバスに乗る前に温泉の建物の前で私達が日本から来たことを伝えていた。
ここで話さないと、
「私たちは3回金剛山に来ました。」
とPRするふとまき。
驚く社員さん。
何で3回も?というようなことを聞かれると、突如のりまきが英語でしゃべり始めた。ジェスチャー(手振り)つきである。
「ほとんどの日本人は北朝鮮のことをひどく嫌っています。しかし、韓国の人はある時は北朝鮮を嫌い、また、ある時は北朝鮮に対してとても友好的です。しかし、ほとんどの日本人はそんなことは知りません。だから私たちはそのような現状を知ろうと思い、金剛山へ来ているのです」という内容で、ふとまきにもなんとなくニュアンスは伝わったが社員さんが
妙に感心したような感じで相槌を打つともじもじくんのりまきはがぜん元気が出てきた。
今度来るときは連絡ください。というようなことを言われた様子。

そんな間に金剛苑につく。
部屋が分かれる。
お腹の調子も気になるが、これを楽しみにここまで来たようなもの。と、ビールも旅行に来て初めて口にした。
のりまきの旅行記にもあるのだろうが、料理はとても美味しかった。
しかし、体調が万全だったらちょっと足りないかな〜と思う量だった。

金剛苑の写真は撮っても良いとのこと。
料理も撮り、建物や看板なども撮った。すると・・・・・。BBCの人が北のウエイトレスさんと写真を撮っているではないか。
「え〜?いいの?」
大声で言うのりまき。そのくせもじもじしている。
「頼もうよ。」「いいのかな〜?」
などともじもじしていると行きのバスで話しをした社員さんが
「一緒に撮りたいですか?」
と聞いてくれる。
「はい。でも、いいんですか〜?」
とのりふとが言うと
「任せてください。」
ってなことを言い間に入ってくれる。
「この人たちは日本から3回も来ているんです。一緒に写ってあげてください」
というようなことがわかった。イルボンなんとか、と言って3本指を立てていたから・・・。日本から3回、というのがよほど印象的だったのであろうか・・・。
そうして写真も一緒に撮らせてもらった。3回、の威力はすごかった!!

美味しい料理も食べ、写真も撮り、BBCの人たちともしゃべり、現代の社員さんには感心され、帰りののりまきは上機嫌であった。

12月4日(木)
さてさて、早くも最終日である。
今回は海金剛に行けないからか、九竜淵と万物相へは両方行くことが出来た。
今日は万物相に行き、そのままバスで韓国統一展望台まで帰るのだ。
朝にはもう全ての荷物を積み、万物相へ。

行きのバスでなにやらざわめいている。その時にはよくわからなかったが、アイゼンが必要らしい。アイゼンなど持ってない。
途端にびびるのりまき
「え?アイゼンがいるの?考えてもいなかったよ。どうしよう。アイゼンなんかつかっったことありません。いや〜、困ったな〜」
困ってもなんでもこんなに大勢の人で行くんだから大丈夫だよ。大騒ぎくん だな〜。とこころでつぶやくふとまき。
ないなら借りてください。というようなことをガイドさんが言うので温井里で借りる。借りた後早速開けてみるがのりまきのとふとまきのとが形が違うし、両方とも二つ入っているがその二つの大きさがばらばらだった。結局は大きさはどうでも左右に一つずつ着けたらそれでよかったのだが、知らないので焦る。
「大きさもちがいますよ。一体これ、どうやってつけるんでしょう。あ〜、言葉もわかんないしな〜。どうしましょう。」
元気のないのりまき。ふとまきはなんとかなるさ、などとのん気に考えていた。
「社員の人に聞きましょう。」
そう言ってもそんなことは頭に入らない。もう真っ白、という状態であった。
駐車場につく。
アイゼンをそれぞれが持ち出発である。

万物相は標高もやや高いようだが、北向きなのか、道中氷っていたりした。上の方には雪も見えた。
前回の万物相はどしゃぶり。本日は晴天である。眺めは最高だった。
さあ、どうなりますか。

のりまきに後で聞くと、今回前回とコースが違ったようだった。
半分くらい行くと登山とはいえ、もう鉄の階段がついていてそれを登るようになっている。階段となるともう幅が狭いので1人ずつで抜いたり抜かれたり、というのが出来ない状態だった。後でわかるが頂上付近でアイゼンをつけるよう言われるのでそのアイゼン着用渋滞がかなり下のほうまで来ていた。

とろとろと頂上付近まで行く。天気がいいので眺めも最高だ。雪もきれい。
が・・・・・。私たちにはつけたことのないアイゼンが・・・。
まずは、周りの人を見回す。大きさが違うのは特に意味はなさそうだ。どちらにでも左右に一つずつつければいいようだ。みようみまねでなんとかなった。
ほっとするのりふと。
万物相の頂上はとても狭い。アイゼンをつけた人から随時降りて行くというような感じだった。
南側を登り、北側の方を下る今回?のコース。帰りは雪の中を下ることになった。アイゼン様様。アイゼンのお陰で下山できた。途中は滑ってしまう人もいた。
のりまきはかなり慎重に下山。本当はこわかったようだが、それは隠していた。

ここでも、結局どういうわけか最後尾。
催促されながらの下山となった。

さあ、バスで温井里へ。
シャトルバスだったので、昼食も食べ終えた人が多く、空いた食堂でバイキングを頂く。1回目2回目は食事と言えば朝食以外はここの食堂でバイキングだけだったが、今回は2回目。食事の選択の幅も増えた。中にはコンビニで購入して外のベンチで食事を済ます人もいたし、多分、キャンプ場などでは自炊などもするのかもしれない。

温井里への到着時間も遅かったのでゆっくり着替えなどする間もなく、いよいよ出国である。
あっという間だった。

続く

のりまき観察日記2004年Aへ   のりふとホームへ