金剛山観光開発年表

以下の年表は、韓国中央日報・朝鮮日報・東亜日報の記事(日本語版)、朝鮮総連系の朝鮮新報、民団系の民団新聞、現代峨山ホームページ(英語版)、等を参考に作成しました。新聞記事中心に作った年表で、一次資料に直接当たったわけではないため不正確な部分もあると思います。その点に気をつけてお使いください。
また、この年表は今後とも随時更新していきたいと考えています。



1988年

10月:南北貿易開放措置


1989年

1月24〜31日:現代グループ鄭周永名誉会長、第一回目の北朝鮮訪問。金日成主席と会見。金剛山南北共同開発議定書を締結。当時の韓国、盧政権の承認は得られず


1991年

12月6日:統一教会の文鮮明教祖、金日成主席と会談。金剛山観光事業などについて話し合う。


1992年

2月:南北間の和解と不可侵、および協力に関する合意書発効


1996年

9月:北朝鮮の潜水艦侵入事件で韓国の対北支援・投資が凍結される。


1997年
4月15日:元山ー金剛山間の金剛山青年鉄道完成


1998年

2月25日:金大中大統領就任。

6月16〜23日:鄭周永氏、500頭の牛を引き連れ2度目の北朝鮮訪問。鄭氏は板門店を通過して北側に入った。北朝鮮側との間に金剛山観光事業などで合意。

6月22日:再び北朝鮮潜水艦進入事件 

8月31日:北朝鮮、多段式ロケット(テポドン)発射。

10月27〜11月2日:鄭周永氏、501頭の牛を引き連れ3度目の北朝鮮訪問。

10月30日:鄭周永氏、金正日国防委員長と会見。現代グループが金剛山一帯を長期間独占開発・利用することで合意。また金剛山観光事業の他、9項目の南北経済開発協力事業に合意。

10月:金剛山観光船の入港する長箭(チャンジョン)港の埠頭工事と金剛山地区温井里の観光施設建設が開始される。

11月18日:金剛山観光船(金剛号)東海(トンヘ)港から初出航。

12月15日:鄭周永氏、4回目の北朝鮮訪問。


1999年

1月13日:現代グループと朝鮮民主主義人民共和国の朝鮮アジア太平洋平和委員会との間に、1998年6月の合意事項を修正・拡大した金剛山観光事業契約を結ぶ。事業の契約期間は30年間。事業の見返りとして2005年3月までに北朝鮮側に総額9億4200万ドル(1000億円あまり!)を支払うことになった。

2月4〜6日:鄭周永氏、5回目の北朝鮮訪問。朝鮮アジア太平洋平和委員会の金容淳会長(金正日氏の側近)と会談。金剛山のある高城郡に、現代側が100万ドルをかけて、3万坪の畑にビニールハウス76棟を建設する代わりに、高城郡の人民委員会が農作業をして金剛山観光で観光客が消費する野菜・果物を納品するという南北共同営農事業など合意。

2月5日:現代グループ、対北朝鮮専門企業、現代峨山を設立。

2月28日:金剛山地区温井里に『金剛山文化会館』と休息所『温井閣』が完成。

3月9日:鄭周永氏、6回目の北朝鮮訪問

4月:金剛山観光船用本埠頭、長箭(チャンジョン)港にて建設開始。

6月15日:朝鮮半島西の黄海(西海)上で、韓国海軍と北朝鮮海軍が交戦。朝鮮戦争停戦以後、最大規模の衝突。

6月20日:金剛山観光中の主婦、ミン・ヨンミ氏が北朝鮮当局に『亡命を勧めた』との理由で抑留される。金剛山観光一時中断。

6月25日:ミン・ヨンミ氏釈放される。現代側と北朝鮮側は、金剛山観光の細則作成の交渉に入る。

8月1日:金剛山観光の細則について、現代グループと朝鮮アジア太平洋平和委員会との間で合意。

8月5日:金剛山観光再開

9月28日:鄭周永氏7回目の北朝鮮訪問。

10月1日:鄭周永氏、金正日国防委員長と2回目の会見。

10月22日:金剛山地区の開発について、改めて現代グループと北朝鮮側が合意を取り交わす。

10月23日:金剛山観光に、初めて韓国人以外の外国人が参加(駐韓外交官を中心とした招待観光)。

12月31日:金剛山観光客用の金剛山温泉オープン。


2000年

1月4日:金剛山観光中のハン・スンボク氏が北朝鮮の体制批判をしたため、約10時間北朝鮮当局に拘束される。

2月2日:外国人の金剛山観光が本格化。

3月9日:金剛山観光船、釜山から初出航。

4月10日:南北、平壌で南北首脳会談を開催することを発表。

5月11日:金剛山観光客が北朝鮮名物料理なども味わうことのできる、温井閣レストラン完成。

5月24日:金剛山観光船用本埠頭、長箭(チャンジョン)港にて完成。

5月31日:鄭周永氏、現代グループの名誉会長を退陣。

6月初め:金剛山ミネラルウオーター、韓国内で発売開始。(2001年発売中止)

6月13〜15日:韓国の金大中大統領、北朝鮮の平壌を訪問。金正日国防委員長と会談。

6月16日:金剛山観光客が、金正日国防委員長を批判したため北側に謝罪文を提出。

6月21日:南北離散家族問題を協議する、南北赤十字会談の会談場所を、北朝鮮側が金剛山地区の金剛山ホテルで開催することを提案。

6月27〜30日:第1回南北赤十字会談が金剛山で開かれる。

6月28日:鄭周永氏、8回目の北朝鮮訪問。またこの日から金剛山観光客に対し、平壌モランボン芸術団の公演が行われるようになった。

6月29日:鄭周永氏、金正日国防委員長と3回目の会見。金剛山地区を特別経済地区として、観光ばかりでなく貿易・金融・文化・芸術都市として開発していくこと。金剛山地区に先端技術開発団地を作ること。また、金剛山地区に観光客が自由に移動できる『自由移動地域』を作り、長箭(チャンジョン)港に海上ホテルを建設すること。北朝鮮の1級ホテルである、金剛山ホテルを現代側が借りること。そして金剛山地区にゴルフ場・スキー場を作り、金剛山行きの船に、新たに快速船を就航させることなどが合意された。

6月30〜7月4日:金剛山ラリー開催

7月12日:現代峨山は、北朝鮮側と金剛山地域で海水浴を行えるように交渉中であることを明らかにする。

7月25日:海水浴場の開放交渉が難航、金剛山地区の観光客に対する海水浴場の開放は2000年夏季については断念。今後の課題となったことが明らかになる。

8月8〜10日:現代峨山の鄭夢憲会長(鄭周永氏の5男)、北朝鮮を訪問。今回の訪問では、500頭の牛を連れて北朝鮮に向かった。牛を連れた北朝鮮訪問は1998年6月と10月に続いて3回目。鄭夢憲氏は8月9日、金正日国防委員長とも会談した。会談の結果、金正日国防委員長は合意文章に署名。文章にはゴルフ場やスキー場の開発や新たに内金剛の観光を開始することなどの金剛山観光開発についての合意もふくまれる。

8月18日:金剛山観光に初めて日本人(現代グループ社員)が参加。

9月11日〜14日:朝鮮アジア太平洋平和委員会の金容淳委員長(金正日氏の側近)、ソウルを訪問。

9月20〜23日:第2回南北赤十字会談が金剛山で開かれる。

9月30日:現代峨山の鄭夢憲会長の案内で、金正日国防委員長が金剛山地区の観光開発状況を視察。

10月1日:長箭港の波止場に建設中であった海上ホテル『ホテル海金剛』オープン。

10月2日:現代峨山は、北朝鮮が外国人観光客宿泊用として使用してきた『金剛山旅館』と、金剛山旅館の出張レストランである木蘭館・丹楓館を30年契約で借りる契約を結ぶ。

10月20日:金剛山観光に、日本人・在日韓国朝鮮人にも本格開放。

11月:現代グループ、韓国政府に長箭港に浮かぶホテル海金剛上にカジノを開設する許可を申請。

12月13日:南北労働者統一大討論会、金剛山で行われる。

12月:現代峨山の鄭夢憲会長が12月26日より北朝鮮を訪問する予定であったが、取り消しとなる。鄭会長は現代グループの金剛山観光事業不振のため、北朝鮮側と金剛山の入山料引き下げ交渉を行う予定とみられていた。


2001年

1月6日:金剛山観光船、束草(ソクチョ)から初出航。金剛山観光航路は、東海(トンへ)・釜山(プサン)・束草の3ヶ所になった。

1月8日:現代グループ、海金剛ホテルのカジノ事業承認申請を撤回した。

1月16日:現代グループ、韓国政府に改めて海金剛ホテル内にカジノとともに免税店の開設を申請。

1月18日:現代峨山の金ユンギュ社長、北朝鮮を訪問。金剛山の観光料を引き下げる交渉を開始するも、交渉は全く進展せず、20日韓国へ戻る。

1月29〜31日:第3回南北赤十字会談、金剛山で開かれる

1月30日:現代峨山、2001年1月分の金剛山観光料を契約金額1200万ドルの半額である600万ドルのみ北朝鮮側に送る。

1月31日:第3回南北赤十字会談の席で、北朝鮮側が金剛山地区に離散家族の面会所を作ることを提案。

2月13日:現代峨山、北朝鮮側の要請もあり、2001年1月分の金剛山観光料の残り600万ドルを送金。

2月20〜23日:現代峨山の鄭夢憲会長と金ユンギュ社長が北朝鮮を訪問。金剛山観光料の引き下げを交渉するも不調に終わる。

2月24日:金剛山で統一念願ミニマラソン大会が開かれる。

2月28日:現代峨山、資金難のため2001年2月の金剛山観光料も契約金額の6分の1である200万ドルを北朝鮮側に送金。

3月10日〜14日:韓国文化観光部の金ハンギル長官が北朝鮮を訪問。北朝鮮側と協議の結果、金剛山地区を観光自由特区として開放していくことで合意。

3月19日:韓国政府、現代グループが申請していた金剛山カジノ事業と免税店事業の承認を留保する。

3月20日:現代峨山の金ユンギュ社長、金剛山観光料引き下げ交渉のため、北朝鮮(金剛山)訪問。北朝鮮側のアジア太平洋平和委員会と交渉に入る。21日韓国へ戻る。

3月21日:鄭周永氏死去、85歳

3月26日:金ユンギュ現代峨山社長。記者会見にて、先日の北朝鮮訪問で観光料引き下げや観光コースの拡大、旅行者への制限緩和などで北朝鮮側と合意したと発表。

3月30日:現代峨山、資金難のため3月分の金剛山観光料を支払えず。

4月2日:韓国政府の林東源統一部長官が、金剛山への陸路からの観光を推進したいと発言。

4月24〜25日:現代峨山の鄭夢準会長が北朝鮮を訪問。金剛山観光料引き下げと金剛山陸路観光について北朝鮮側と話し合う。

4月30日:現代峨山、4月分の金剛山観光料も支払えず。

5月1日:南北労働者のメーデー統一大会が、金剛山で行なわれた。

5月17日:平壌放送が『金剛山観光が中断される場合、金剛山入山料が軍事費として転用されると主張してきた米国は責任を取るべき』。と主張した。

5月20日:韓国政府の陳ニョム経済副総理は、『金剛山観光事業を公企業や現代峨山以外の企業も参加した企業コンソーシアムを作って、継続させたい』。との意向を語った。

5月22日:北朝鮮側が、金剛山観光料未納金問題の解決時に陸路観光許可と観光特区指定の問題を話し合うことができるとの意向を表明していることが明らかになる。韓国政府統一部の高官は、24日、北朝鮮側の意向に難色を示す。

5月23日:現代峨山の金ユンギュ社長、北朝鮮(金剛山)を訪問。北朝鮮側と観光料引き下げ問題と観光特区指定問題などの金剛山観光活性化案について協議。3日間会期を延長して、28日に韓国へ戻る。

5月31日:現代峨山、5月分の金剛山観光料も支払えず。

6月1日:韓国政府の林東源統一部長官は、先の現代峨山と北朝鮮側の交渉は、金剛山観光料を観光客の数に応じて支払う方式に変更し、また金剛山の陸路観光を許可し、金剛山観光に公企業と国内の企業がコンソーシアムとして参加する方向で交渉が妥結したと発表。

6月3日:現代グループの現代商船、金剛山観光から2001年6月いっぱいで撤退することが明らかになる。

6月7〜9日:現代峨山の金ユンギュ社長、北朝鮮(金剛山)を訪問。改めて金剛山観光料問題と、金剛山陸路観光の許可、金剛山を観光特区に指定する問題を話し合い、秋にも韓国側から北朝鮮の金剛山(海金剛;三日浦)付近まで往復4車線道路の建設を開始することで合意。また今後2ヶ月以内に金剛山地区を観光特区とする法律が設定されると北朝鮮側から説明を受けた。また、滞納分の観光料4600万ドルのうち、半額程度の2200万ドルを近いうちに北朝鮮側に支払うこととした。

6月15日:民族統一大討論会が、金剛山で南北、在日韓国朝鮮人などを交え、行なわれた。

6月19日:韓国政府の政府投資機関である韓国観光公社が、現代グループの金剛山観光事業コンソーシアムに参加する予定であることが明るみになる。

6月20日:韓国観光公社は、2002年までに900億ウォンを金剛山観光事業に投資することを決定。

6月23日:韓国政府は韓国観光公社を南北協力事業者として承認。

6月26日:韓国観光公社は金剛山の観光事業のため、900億ウォンの南北交流基金支援申請書を韓国政府統一部に提出。

6月29日:韓国政府、林東源統一部長官の主催で82回南北交流協力推進協議会を開き、韓国観光公社に南北協力基金900億ウォンを貸し付けることを決定。現代峨山には、まず900億ウォンの半分の、450億ウォンを韓国観光公社から支援を受けることに。

7月1日:金剛山観光、観光客の減少のため、東海(トンへ)・釜山(プサン)からの便を中止。束草(ソクチョ)からの快速船、雪峰(ソルボン)号のみの運行になる。

7月2日:現代峨山、北朝鮮側に未払いの観光料のうち、2200万ドルを送金。

7月18〜19日:金剛山で南北農民統一大会が行われた。

7月20〜24日:韓国の企業家・政治家500人あまりが、金剛山観光開発と、それに伴う南北協力基金の投資妥当性を検討するため、板門店経由の陸路で金剛山を訪問。

8月8日:金剛山観光事業の北朝鮮側窓口である、朝鮮アジア太平洋平和委員会は、スポークスマンの声明を通じ、『アメリカの妨害と、アメリカにそそのかされた韓国の保守勢力が、金剛山観光を妨害し、破綻させようとしている。アメリカがあらゆる結果に対し、全面的な責任を負うべき』。と非難。韓国政府は6月はじめに北朝鮮側が約束した“2ヶ月以内の金剛山地区の観光特区指定”という約束が守れなくなったため、アメリカ・韓国を批判することによって時間稼ぎをするもくろみでは……と、分析。

8月31日:2001年1月〜8月までの金剛山の観光客は、前年度水準の3分の1にまで落ち込む。

9月1日:現代峨山、資金難が再び表面化。

9月15〜16日:現代峨山、金ユンギュ社長と、朝鮮アジア太平洋平和委員会の宋浩京副委員長が金剛山で会談。宋副委員長は、中断されていた南北閣僚会議は、現代グループの要請を受けて金正日国防委員長が開催を指示したと発言。また、金剛山観光代金の未払い分(2001年2月〜5月分観光料のうち、7月2日に支払った2200万ドルを除いた2400万ドル)の支払いを求め、更にかねてからの契約どおりに2005年までに総額9億4200万ドルの観光料を支払えるかどうかを確認した。

10月3〜5日:金剛山観光の活性化を議論する、『金剛山観光南北会談』が、金剛山で開かれる。金剛山陸路観光開始・金剛山地区観光特区指定問題などについて話し合われるも、合意には到らず。

10月12日:北朝鮮側、第4回離散家族相互訪問を一方的に延期。19日より開かれる予定の第2回金剛山観光南北会談と、南北経済推進委員会の第2回会談、さらには第6回南北閣僚会談を、全て『安全の保障されている』金剛山で開く提案をする。

10月18日:第2回金剛山観光南北会談、会談場所を巡って韓国側と北朝鮮側との間の対立が解けず、中止となる。

10月25日:現代峨山、深刻な資金難のため、給料日である10月25日に社員の給料が支払えないことを発表。

10月31日:現代峨山、10月分の金剛山観光料を支払えず。

11月1日:現代峨山、役員18名のうち13名をリストラ、会社組織の大幅簡素化・職員の減員などを行う。また金剛山観光事業が正常化するまで、金ユンジュ社長は無給となる。

11月9〜13日:第6回南北閣僚会談、金剛山で開かれる。会談は、テロに対する韓国側の非常警戒態勢と、次回閣僚会議と南北経済推進委員会を、金剛山で開くことを主張する北朝鮮側の態度をめぐって対立が続き、最終合意に到らず決裂。

11月18日:金剛山の温井閣休憩所で、金剛山観光3周年記念式典が行なわれ、現代峨山の金ユンギュ社長は金剛山観光の継続へ強い意志を示す。

11月19日:現代峨山の金ユンギュ社長。12月15日までに韓国政府の支援と金剛山の陸路観光などで事態の進展がなければ、金剛山観光事業を中断せざるを得ないと表明。

11月29日〜12月1日:現代峨山の鄭夢憲会長ら、金剛山を訪問して金剛山観光の北朝鮮側窓口の朝鮮アジア太平洋平和委員会側と観光事業活性化交渉を行なう。特段の成果は無かった。

12月7日:12月の金剛山観光船・雪峰号の運行のうち、旅客数減少のためキャンセルする便が出ることに。

12月10日:現代峨山と金剛山観光の北朝鮮側窓口である朝鮮アジア太平洋平和委員会との間で12月10日に行なわれる予定であった、金剛山観光活性化中間点検会議が、北朝鮮側の要請のために無期延期となった。

12月12日:現代峨山は、金剛山観光船は、2002年1月いっぱいは週一回(金曜出発)で運行すると発表。

12月19日:金剛山地区の観光施設(温井閣・金剛山温泉・金剛山文化会館)を、韓国観光公社が現代峨山から引き受ける交渉が開始されることが明るみになる。

12月24日:2001年の金剛山観光客は約5万8700人。2000年の27.7パーセントまで落ち込んだ。



2002年

1月1日:海金剛で初日の出を見ながら、2002年ワールドカップ・釜山アジア大会成功祈願大会を行なった。韓国観光公社・ワールドカップ・アジア大会関係者など、400人あまりが参加。

1月28〜20日:現代峨山金ユンジュ社長が金剛山を訪問。金剛山観光について北朝鮮側と協議。北朝鮮側から4月下旬から6月中旬に平壌で行なわれる『アリラン祝典』に、金剛山から平壌までの陸路開放の提案があった。

1月21日:韓国政府は、金剛山観光に南北協力基金450億ウォンの支援を行う方針であることが明るみになる。また、離散家族・修学旅行生らに対し、金剛山旅行代金の一部を助成する計画であることも明るみに。

1月23日:韓国政府は金剛山観光支援策を発表した。南北協力基金貸し付け条件の緩和。離散家族・修学旅行生・教諭の金剛山観光代金の一部を補助。金剛山地区に免税店の開設を認めるの3点が骨子。現代峨山への直接支援は見送られた。関係機関との調整を済ませ、3月までには実施の予定。

1月29日:アメリカのブッシュ大統領が、一般教書演説で『イラク・イラン・北朝鮮は悪の枢軸』と強い調子で非難。

1月31日:金剛山観光振興のため、これまで貸し付けられていた『南北協力基金』450億ウォンと、今後貸し付けられる基金の返済条件が大幅に緩和された。

2月20日:金剛山地区に免税店の設立が決まった。免税店は温井閣とホテル海金剛内に設置される。

2月27日:金剛山で行なわれる予定であった南北共同年明け行事が北朝鮮側の突然の中止宣言で中止となる。なお、同日韓国観光公社が現代峨山側から金剛山旅館・金剛山温泉を買収する契約が締結された。買収金額は462億ウォン。

3月3日:韓国観光公社、現代峨山に南北協力基金62億ウォン投資を決定。今後随時254億ウォンを投資する予定(254億ウォンのうち130億ウォンは3月中にも支払われる予定)。結局昨年投資した450億ウォンを加えると、韓国観光公社が現代峨山に投入する資金は総額766億ウォンをに及ぶ。

3月8日:昨年10月より支払いが滞っていた金剛山観光代金128万3500ドル(約1億6400万円)を、北朝鮮側に支払ったことが明らかになる。

3月21日:4月より金剛山観光への韓国政府の支援策が行われることが決定された。小学生は25万ウォン、中・高生は34万ウォン、その他大学生、教師、65歳以上の離散家族、国家有功者、障害者、統一教育講師らにも30万ウォンの観光代金の支援がされる。ただし学年単位の修学旅行については韓国国内の修学旅行地の反発を考慮し、原則補助対象からはずした。またそれら補助対象者のうち、僻地や島嶼の教師・生徒や生活保護受給者は無料で金剛山観光に参加できる。補助対象者は1300万人におよぶ。金剛山観光客の約8割が政府補助の対象者となる見込みで、推定では政府が現代峨山に支払う援助額は月額18億ウォンに及ぶ。
また、南北往来者の携帯品の認定範囲を一人当たり300ドルとするなど、金剛山の外国商品販売所(免税店)の運営ルールも決めた。

3月25日:アメリカCIAと駐韓米軍司令部は、現代峨山は明らかになっている約4億ドルの金剛山観光代金以外にも約4億ドル、合計約8億ドルを北朝鮮側に支払っており、うち4億ドルは軍事目的に使われていると判断していることが明るみに。

4月3〜6日:大統領特使として林東源氏が平壌を訪問。金正日国防委員長と会談し、更に金正日氏の側近である金容淳氏と2回にわたり会談。南北離散家族相互訪問を4月28日から再開すること(金剛山で再会)、金剛山地区と韓国側を鉄道・道路で連結すること、5月7日からソウルで南北経済協力推進会議を行うこと、更に金剛山観光の活性化を図るための第2回当局者会議を6月11日より行なうことなどで合意。

4月4日:韓国政府の旅行経費支援対象者が、初めて金剛山観光に出発する。

4月13日:4月28日から30日まで南側で選ばれた離散家族100人が北側親族と。5月1日から3日までは北側で選ばれた離散家族100人と南側親族と、ともに金剛山で再会することが決定。

4月28日:南側で選ばれた離散家族99人と、北側親族186人が金剛山で再会(4月30日まで)。また、4月の金剛山観光客は政府の補助が行なわれるようになったため、3月より60.1パーセント増と大幅に増えたが、お土産などをあまり購入しない学生の観光客が増えているため、現代峨山の資金難解決には至らず。

4月30日:金剛山ダムの一部が崩壊し、漏水があるらしいことが判明。韓国国内で波紋が広がり、緊急対策が立てられることに。

5月1日:北側で選ばれた離散家族100人と、韓国側親族486人が金剛山で再会(5月3日まで)。

5月6日:5月7日からソウルで行なわれる予定であった『南北経済協力推進会議』が、北朝鮮側のボイコットにより中止となる。金剛山ダムの問題も影響したと思われる。

5月7日:韓国政府は現代峨山から出されていた金剛山にバンジージャンプ台を設置する計画と、金剛山観光従業員宿舎の一部と旧通行検査所(出入国管理事務所)を改造して観光客の宿泊施設にする計画を承認。

5月22日:現代峨山は、6月より一般観光客より15パーセント安い、外国人向け金剛山観光商品を販売することを発表。

6月3日:金剛山観光船、雪峰号の運行回数を月に10回から20回へと倍増させることにする。また、同時に金剛山観光従業員宿舎を改造した金剛山観光客の宿泊施設がオープンとなり、3泊4日の金剛山観光新ツアーも開始となった。

6月10日:6月11日より予定されていた金剛山観光活性化のための第2回当局者会議が、前日になっても北朝鮮側からの参加回答がなく、中止されることが確定した。

6月14・15日:金剛山で韓国、北朝鮮、更には海外在住韓国・朝鮮人が参加する「6.15共同宣言第2周年記念民族統一大祝典」が開催された。

6月16日:7月中旬より、長箭港内に海水浴場をオープンする予定であることが明らかになる。また、海水浴場のオープンにあわせてバンジージャンプ場が完成する予定であるとのこと。

6月29日:西海(黄海)で、韓国と北朝鮮が軍事衝突、韓国側の船が沈没し、5人が死亡・行方不明に。北朝鮮側にもかなりの損害があったようす。

7月10日:金剛山海水浴場がオープン。長箭湾内の1キロメートルの海岸を金剛山観光客に対して、海水浴場として開放した。

8月2日〜4日:金剛山旅館にて、南北閣僚会議の予備会談が行われた。

8月12〜14日:ソウルにて第7回南北閣僚会議の本会議が行われた。会議では、金剛山地区と韓国側を陸路で繋ぐ、東海線の鉄道・道路の連結の推進や、釜山アジア大会に北朝鮮が参加すること。金剛山観光活性化策を討議する当局者会議を9月に行うこと。更には離散家族再会や面会所設置のため、南北赤十字会談を金剛山地区で開催することや、第五次離散家族再会を金剛山で行うことなどが会議で合意された。

8月14日〜16日:金剛山地区にて、第二回国際金剛山モーターサイクルツーリングが行われた。

8月17〜19日:釜山アジア大会に北朝鮮が参加する問題を協議するための実務会議が、金剛山で行われた。

8月26〜28日:釜山アジア大会に北朝鮮が参加する問題を協議するための第二回目の実務会議が、金剛山で行われた。

8月27〜30日:第二回南北経済協力推進委員会がソウルで行われ、東海線の鉄道・道路を来る9月18日に着工し、また金剛山観光客と離散家族再会に利用する、東海線臨時道路1.5キロを11月末までに完成させることで合意。順調に行けば年内に金剛山陸路観光が実現する見込みになった。

8月31〜9月1日:台風15号が朝鮮半島を直撃。江原道一帯に甚大な被害をもたらした。金剛山地区も温井川にかかる橋が流されたり、道路が寸断されたり、金剛山観光客の一部が宿泊する、金剛ビレッジが浸水するなどの大きな被害が発生した。

9月6日:釜山アジア大会のために白頭山で採火された聖火が、金剛山で韓国側に渡された。

9月6〜8日:金剛山旅館にて、第4回南北赤十字会談が行われた。南北離散家族の面会場を金剛山地区に建設・運営することと、第5回離散家族再会を、金剛山にて9月13〜18日にかけて実施することで合意。

9月10〜12日:第2回金剛山観光活性化策を討議する当局者会議(金剛山観光会談)が金剛山旅館で行われたが、金剛山観光料の支払いを韓国政府が保証することを北朝鮮側が強く要求し、韓国側が北朝鮮側の要求をあくまで拒否し、会談は合意に至らず決裂する。その結果、金剛山陸路観光の早期実現に黄信号がともる。

9月13日〜18日:第5回離散家族再会が行われる。13日から15日にかけては、北朝鮮側から選ばれた離散家族100名と、韓国側家族・親戚455名が再会。16日から18日は、韓国側から選ばれた離散家族100名と、北朝鮮側家族・親戚253名が再会。

9月13〜17日:南北鉄道・道路連結会談が金剛山地区で行われ、京義線(平釜線)と東海線の道路・鉄道の連結と、東海線の臨時道路の通行を12月初めに始めることなどで合意に達し、京義線(平釜線)と東海線それぞれで、18日に着工式が行われることに。

9月16〜18日:金剛山ダム(北朝鮮名任南ダム)の、南北共同調査についての南北実務接触が金剛山で行われた。

9月17日:日本の小泉首相が北朝鮮を訪問。金正日国防委員長と会談し、日朝国交正常化交渉再開で合意に至るも、日本人拉致問題で金正日国防委員長は北朝鮮の犯行を認め、謝罪。

9月18日:京義線(平釜線)と東海線の道路・鉄道の連結工事の着工式が行われた。金剛山青年駅での着工式には、北朝鮮の洪成南首相や現代峨山の金社長、アンドレイ・カルロフ駐朝ロシア大使などが参列。

9月23〜24日:青年学生,女性の南・北・海外同胞の統一大会を金剛山で開くための実務接触が金剛山で行われ、青年学生統一大会を10月13〜14日,女性の統一大会を10月16〜17日に金剛山で行うことが決定した。

9月25日:2000年6月の南北首脳会談の直前、現代グループを通じて『金剛山観光代金』の名目で韓国政府が4億ドルみも及ぶ資金を供与していた疑いが明るみに。

10月12〜13日:南北間の鉄道・道路の連結に関する第2回実務協議が、金剛山地区の金剛山旅館で行われた。韓国側から北朝鮮側に行う、鉄道・道路工事用の装備・資材の供与・レンタルの具体的内容について合意。

10月23日:韓国国会の統一外交通商委員会で、来年度の南北協力基金の予算として計上されていた金剛山観光補助金200億ウォンのうち、199億ウォンを予算から削除した。

同日、北朝鮮最高人民会議常任委員会で金剛山観光地区を設置する政令が定められる。(公表は11月25日)

10月31〜11月2日:金剛山で南北赤十字実務会談が行なわれ、面会所の設置・運営、朝鮮戦争当時の行方不明者の生死確認、離散家族の生死・住所確認および手紙交換の拡大などを話し合ったが、合意に至らず決裂。

11月6日:金剛山に北朝鮮で初めてのコンビニエンスストアーが11月中にオープンすることが明らかになる。コンビニは温井閣休憩所と金剛ビレッジに建設されることになる。
また6日より、南北間を連結する鉄道・道路の建設のために、9月18日より始まった非武装地帯内の地雷除去工事が、軍事境界線から100メートルのところまで進んだところで、地雷除去作業の相互監視団の派遣をめぐり、北朝鮮側と国連軍司令部との対立が発生し、工事が中断する。

11月13日:金剛山観光地区法を北朝鮮最高人民会議常任委員会が制定。(公表は11月25日)

11月18〜20日:南北(韓国・北朝鮮)間の鉄道、道路連結問題を協議する第二回実務会議が18日から20日まで、北朝鮮の金剛山で開かれ、京義(平釜)線と東海線の鉄道・道路の連結場所の南北共同測量を東海線は26・27日、京義(平釜)線は29・30日に行うこととした。また京義(平釜)線と東海線の臨時道路開通後の車両通行方法と手続きについての取り決めも合意された。

11月19日:韓国とアメリカとの協議で、地雷除去作業の相互監視団の派遣に関して、国連司令部が韓国を通じ間接的に北朝鮮側の検証団名簿を入手することで合意した。

11月24日:北朝鮮は地雷除去検証手続きを議論するために25日に板門店で、軍事実務会談を開催しようという韓国側の提案を拒否した。

11月25日:北朝鮮は、『金剛山観光地区の設置に関する政令』と『金剛山観光地区法』が制定されたことを公表。金剛山が北朝鮮の観光特区となった。

11月26・27日:東海線の鉄道・道路の連結場所の南北共同測量が行なわれた。

11月28日:11月6日から中断していた非武装地帯の地雷除去作業が再開された。懸案であった地雷除去作業の相互監視団の派遣については、双方とも検証団を派遣しないことで合意した。

11月30〜12月3日:現代峨山の金潤圭社長がピョンヤンを訪問して、北朝鮮側と金剛山陸路観光問題を協議。

12月1日:韓国国防部と在韓国連軍司令部が、東海線臨時道路を通じた金剛山観光客の非武装地帯と軍事境界線通過手続きを、これまでの慣例に従って簡素化したやり方をすることで合意した。具体的には韓国国防部が金剛山観光客リストを国連軍司令部に提出し、承認を受けた後、電話通知文や電話で同事実を北朝鮮側に通報する形で行なう。

12月2日:現代峨山は12月5日に金剛山陸路観光踏査団を派遣し、11日に陸路試験観光を行なう予定と発表。

12月3日:先日、国連司令部と合意した、簡素化された金剛山観光客の非武装地帯と軍事境界線通過手続きを南北間で合意するための南北軍事実務会談首席代表の接触を持つよう、北朝鮮側に2日提案したが、北朝鮮が電話通知文を通じて『金剛山観光関連問題に合意してから、非武装地帯と軍事境界線通過問題について話し合いたい』と通知してきた」と発表した。韓国国防部によると、北朝鮮側は電話通知文で「観光日程・道路通行と関連した合意が得られていない現時点で、双方の軍隊が非武装地帯と軍事境界線通過の通過について話し合うのは、その順番から言っても適切ではない」との立場を示したという。それにより現代峨山が前日発表した陸路観光の予定が狂うことに。
また3日には東海線の地雷除去作業が南北ともに終了した。

12月4日:ピョンヤンを訪問した金潤圭・現代峨山社長から、『東海線の臨時道路の北朝鮮側に路盤が弱い場所があるので補修が必要で、当初予定した陸路観光の日程が延びる』。と説明があったことが明らかになる。

12月12日:金剛山(クムガンサン)陸路観光のための東海線臨時道路が完成した。

12月15〜17日:金剛山で南北赤十字実務会談が行なわれた。次回の離散家族再会を旧正月(2003年2月1日)頃に実施することで合意した。金剛山に作る予定である南北離散家族の面会所については規模や建設資材提供時期で対立が続き、朝鮮戦争時の行方不明者と北朝鮮に“拉致”された人についての議論は北朝鮮側が拒否した。
また南北赤十字実務会談と同じ期間に、鉄道・道路連結に関する実務協議会が金剛山で行なわれ、南北間の鉄道・道路連結に必要な取り決めが結ばれた。

12月18日:現代と金剛山観光の北朝鮮側窓口のアジア太平洋平和委員会は、12月20日に陸路観光の事前踏査を行なうことで合意。しかし懸案の南北軍事実務会議が開かれず、再び事前踏査は延期となる。

12月19日:韓国大統領選挙で与党候補の盧武鉉氏が当選した。

12月23日:板門店にて南北軍事実務会議が開かれ、京義(平釜)線と東海線の臨時道路利用に関して、非武装地帯と軍事境界線通過の手続きのやり方で韓国側と北朝鮮側の意見対立が埋まらず、2002年中の金剛山陸路観光の実施は困難に。


2003年

1月10日:統一部は、現代峨山から出されていたオートキャンプ場とゲーム場の設営についての申請を許可。

1月11日:現代峨山の鄭夢憲会長が昨年の9月末以来3ヶ月あまりぶりに帰国するも、帰国直後の13日に北朝鮮へ向けて出発する(22日韓国帰国)。

1月21〜23日:金剛山で第三回南北赤十字実務会談が開催される。また、21日から24日まで、ソウルで第9回閣僚級会談を開き、北朝鮮核問題・京義線(平釜)線の鉄道・道路の連結・金剛山陸路観光の実現など、南北間の諸懸案について話し合った。さらに22日から25日まで平壌で、京義線・東海線の連結に向けた実務協議・第2回会議も行なわれた。赤十字実務会談では金剛山に南北離散家族の“面会所”を建設することで基本合意した。

1月24日:現代峨山の鄭夢憲会長、金潤圭社長を始め、対北朝鮮ヤミ支援問題の関係者13名が韓国から出国禁止措置を受ける。

1月27日:板門店での南北軍事代表者同士の協議の結果、南北間の軍事境界線の通行についての合意が成立し、通行方法を定めた『東西海地区南北管理区域臨時道路通行の軍事的保障のための暫定合意書』に南北軍事代表が署名した。

1月29日:現代峨山は北朝鮮の金剛山観光窓口である『朝鮮アジア太平洋平和委員会』に対して金剛山陸路観光の事前踏査と試験観光の開始を要請。

1月30日:監査院は現代グループが産業銀行から融資を受けた4000億ウォンのうち、2235億ウォンがひそかに北朝鮮側に渡されたとみられることを発表した。

1月31日:北朝鮮の金剛山観光窓口である『朝鮮アジア太平洋平和委員会』は、金剛山陸路試験観光の踏査に関して、現代峨山の鄭夢憲会長、金潤圭社長が最初に軍事境界線を越えるように韓国側に要請した。

2月3日:現代峨山は鄭夢憲会長、金潤圭社長の出国禁止措置の一時解除を検察に要請。認められた。また同日、検察はヤミ支援問題の捜査を留保する方針であることが明るみになる。

2月4日:野党ハンナラ党は韓国国会に対北朝鮮ヤミ支援問題に関して、特別検事が捜査を行なうように『特別検事法案』を提出。

2月5日:金剛山陸路観光事前踏査が行なわれる。鄭夢憲会長、金潤圭社長が最初に軍事境界線を越えて北朝鮮領内に入る。

2月11〜14日:南北経済協力推進委員会第4回会議がソウルで行なわれ、南北間の鉄道・道路の連結などについて話し合われた。

2月14日:金剛山陸路観光の試験観光が行なわれた。また同日、対北朝鮮ヤミ支援問題で金大中大統領が謝罪。対北朝鮮ヤミ支援の総額が5億ドルであるとの話も明らかになる。

2月19日:韓国国会の法制司法委員会で与党が欠席する中、対北朝鮮ヤミ支援問題に関する特別検事法案が通過した。

2月20〜25日:第6回離散家族再会事業が金剛山で行なわれた。まず20日に北朝鮮側で選ばれた離散家族99名と、韓国側の親戚・家族が金剛山で再会を果たした。なお、陸路を利用して韓国側の親戚・家族は金剛山へ向かった。続いて23日には韓国側で選ばれた離散家族100名が金剛山へ向かい、北朝鮮側の親戚・家族と再会を果たした。

2月21日:この日予定されていた第一回目の一般人を対象とした金剛山陸路観光が、当日突然中止となった。突然中止について『道路補修工事のための発破作業が失敗し、石が道に流れ出て、バスを運行できなくなった』と、北朝鮮側は説明した。

2月23日:一般人を対象とした初の金剛山陸路観光が行なわれた。

2月25日:昨年の12月19日の大統領選挙で当選した、盧武鉉氏が大統領に就任。

2月26日:韓国国会の本会議で、対北朝鮮ヤミ支援問題での特別検事任命に関する法案が可決された。なお、法案を可決した本会議には与党議員は全員欠席した。

3月2日:開始されたばかりの金剛山陸路観光が、北朝鮮側の要請により中断されることになる。北朝鮮側は、陸路観光の道路周辺で鉄道工事を行なうために観光バスが通れないことによると説明した。

3月9日:朝鮮アジア太平洋平和委員会が、ハンナラ党の“密使”が、北朝鮮に対して『ハンナラ党の大統領候補、李会昌氏が当選したらこれまでよりも多くの対北支援を行なうので、北側が李候補を支援して欲しい』と要請したと暴露。

3月14日:韓国の与野党が2月26日に可決された、対北朝鮮ヤミ支援問題での特別検事任命に関する法案の修正についての話し合いが最終的に決裂した。盧大統領は与党が要請した法案に対する『拒否権』の発動は行なわず、法案は正式に成立した。

3月26日:対北朝鮮ヤミ支援問題の特別検事に宋斗煥氏が任命された。同日、ヤミ支援問題に関連して6名の人物が追加で韓国出国禁止措置を受け、出国禁止者は総勢22名となった。

3月27〜29日:現代峨山の鄭夢憲会長と金潤圭社長が雪峰号に乗って金剛山へ行き、中断中の陸路観光再開などについて北朝鮮側と協議。

4月2日:先日訪朝した鄭夢憲氏らに、北朝鮮側から『金剛山陸路観光の再開は8月以降になる見込み』。であることを告げられたことが明るみになる。また同日から開城で『開城工業団地』についての話し合いを行なうために現代峨山と韓国土地公社の関係者が訪朝したが、今回は鄭夢憲会長と金潤圭社長の出国禁止措置についての一時解除が認められなかった。

4月7日:この日からピョンヤンで開催が予定されていた第10回南北閣僚級会談が、韓国側からの開催についての話し合いの呼びかけに対して北朝鮮側から全く返答が無かったことにより中止となった。また同日、対北朝鮮ヤミ支援問題での特別検事補佐が任命された。

4月17日:対北朝鮮ヤミ支援問題の特別検事による捜査が開始された。またこの日から現代峨山は、金潤圭社長が陣頭指揮をとって金剛山観光の販売促進キャンペーンを開始した。金剛山観光の危機が続く現代峨山は、4月から次長級以上は50パーセント、部長以下は20パーセントの給料を会社に自主返納するなど経営危機が深刻化している。

4月18日:特別検事の捜査開始にともない、韓国出国禁止措置の対象者が更に拡大し、総勢39名が出国禁止となった。

4月25日:北朝鮮側が中国などで流行中のSARSのために金剛山観光の中断を現代峨山に要請、金剛山観光は中断されることになった。

5月19〜23日:平壌で南北経済協力推進委員会の第5回会議が行なわれ、金剛山観光の復活で合意。

5月29日:金剛山観光の北朝鮮側窓口であるアジア太平洋平和委員会は、金剛山観光と陸路からの金剛山観光を早期に復活させることを表明した。

6月10日:鄭夢憲氏と金潤圭氏が、中断中の金剛山観光復活等について北朝鮮側と話し合うため、雪峰号に乗って金剛山へ向かった。

6月14日:東海線・京義(平釜)線の南北鉄道のレールを、軍事境界線上で繋ぐ連結式が行なわれた。

6月18日:金大中前大統領の側近、朴智元氏に現代グループから150億ウォン(約15億円)がワイロとして渡されていたという疑惑が発覚。

6月25日:特別検事による対北朝鮮ヤミ支援問題の捜査が終了される。盧大統領が捜査の延長を認めず。

6月27日:金剛山観光再開。また第7回離散家族再会事業が金剛山で開始される(7月2日まで)。

6月28日:北朝鮮側が、金剛山観光地区開発規定・金剛山観光地区の企業創設運営規定を公表、ともに5月12日に北朝鮮最高人民会議常設委員会が決定した規定。

7月23日:鄭夢憲氏と金潤圭氏が、中断中の陸路金剛山観光復活について北朝鮮側と話し合うため、2泊3日の日程で雪峰号に乗って金剛山へ向かい。北朝鮮側との話し合いで9月1日からの陸路観光復活が決定される。

8月4日:鄭夢憲、現代峨山会長が現代峨山本社ビルから飛び降り自殺する。

8月6日:鄭会長を追悼するとのことで、北朝鮮側の要求で金剛山観光が一時中断される。

8月7日:金剛山で北朝鮮側主催の鄭夢憲氏の追悼行事が行なわれた。

8月11日:去る8日に行なわれた葬儀に続き、金剛山で韓国・北朝鮮側合同での故鄭夢憲氏の追悼式が行なわれた。

8月13日:鄭会長の死去で一時中断していた金剛山観光が復活。また金潤圭現代峨山社長が金剛山を訪問。陸路観光再会問題について北朝鮮側と協議して、予定通り9月1日からの陸路観光復活を確認。

8月15日:金剛山で南北大学生が参加したキャンプ行事が行なわれた。

9月1日:金剛山陸路観光が復活。

9月2日:南北青年学生代表者会議が金剛山で行なわれた。

9月20〜25日:第8回南北離散家族再会事業が金剛山で行なわれた。

10月10日:陸路観光好評のため、金剛山観光は毎日出発となる。

10月21日:現代グループの後継者に、故鄭夢憲氏の未亡人である玄貞恩氏が就任。




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